7話
そして、自分の部屋に戻ったクーデルスはというと……。
「没!」
クーデルスが叫んだ瞬間、ポンと音を立てて不気味な触手の塊がはじけた。 そして弾けた触手は色とりどりの花になる。
そして、いったいどれだけ同じことを繰り返したのだろうか? その部屋には色とりどりの花びらが絨毯のように敷き詰められていた。 ただし、この絨毯……ウネウネと動く。
「うーんやっぱり難しいですねぇ」
便秘の熊のような声でウンウンと唸りながら、彼が一体何を悩んでいるかと言うと――王太子とその恋人を殺してくれ……と、アデリアが囁いた後から、ずっと彼はその望みをかなえるべきかどうか考え込んでいた。
殺すべきか? 代替の方法をとるか? それともアデリアをいさめるか?
普通であればそんなことを考えているであろうと予想されるが、人ならぬ魔族の、しかも飛びっきりの変わり者である彼がまともなことを考えてるはずが無い。
そして、唸り声を上げている彼の手の中で、またひとつ触手の塊が生まれた。 吸盤のついた赤黒い触手のようなそれは、まるで何かを訴えるかのように地面におちてぐねぐねと不規則に這い回る。
その様は、海にいるタコと言う生き物にとてもよく似ていた。 しかも、まだグネグネと元気にうねっているのだから始末がわるい。 いや、それどころか千切れた断面から糸を引く粘液を撒き散らし、延々と床を汚し続ける有様である。
ちなみに……クーデルスが考え事をすると。決まってこの奇妙な触手が大量に現れるのだ。
そんなものが大量に蠢く場所に近寄りたい者がいるはずなく、クーデルスを監視する役目を与えられた守衛の男たちは、そろってこの状況を遠巻きにしている。
いや、この状況を見守っているのは守衛たちだけではない。
「おい、お前等あいつの見張りだろ! 今すぐあの不気味な遊びをやめさせてくれ!
それが無理なら、別の部屋に移動させてくれ‼︎」
とうとうクーデルスの隣の檻にいる住人からもクレームが入った。
だが、守衛の男たちは不安げな表情でそれを無視する。
そんな真似をすれば、上司からの評価が下がるのがわかっているからだ。
いや、それならばまだマシかもしれない。
――監視対象が、地魔術で不気味な触手を撒き散らしているので、隣の住人を別の部屋に移動させます。
すると、上司はこう答えるだろう。
――では、その監視対象に触手を作るのを止めさせろ。
だが、それはすなわちこの触手の蠢く魔境に足を踏み入れるということだ。
当然ながらそんな勇気は無いし、絶対に嫌である。
そんな状況に追い込まれるぐらいなら、奴隷からの苦情を無視するのが賢い振る舞いというものだ。
「……しっかし、どうするんだよコレ? 時間がたったら自動で消えてくれねぇかな」
「知るかよ。 たぶん、どうにもできねぇよ。
ンなの、他の奴隷に命令して始末させればいいじゃねぇか」
その瞬間、この会話に聞き耳を立てていた奴隷たちに緊張が走る。
「それはちょっと酷くねぇか? 奴隷たちも命令を聞かないかもしれんぞ」
「じゃあそれとも何か? お前があの不気味な部屋の中に入って、動き回る粘液まみれの触手を捕まえて袋につめるのか?」
「趣味の悪い冗談はやめてくれ! あんなのに触るなんて、考えただけでゾッとする‼︎」
それはまさに、この場にいる全員の総意であった。
だが、どうにも出来ないのだ。
クーデルスが何か画期的なことを思いつき、この不気味な儀式を自分からやめるまでは。
守衛たちが諦めと共にそんな結論を出したその時であった。
「あっ……」
「おい、待て‼︎」
男達の前を、颯爽と通り過ぎる人物が一人。
その人物は、迷うことなく魔境と化したクーデルスの檻の中へと入っていった。
「珍しく部屋の中で大人しくしていると思ったら、なんじゃこりゃ⁉︎
部屋ん中に、不気味悪いものを遠慮なく散らかしやがって! ふざけんな‼︎」
そんな台詞と共に、うねうねとのたうつ花を踏みにじりながら部屋に入ってきたのは、初日にクーデルスをこの部屋に押し込んだ目つきの悪い男である。
「あ、
「俺は
笑顔で片手を上げたクーデルスに近づくと、ニンジン頭の名にふさわしいオレンジ色の髪を短く刈り込んだ男は、容赦なくクーデルスに拳を振るった。
「痛いじゃないですか!」
「お前が殴られるようなことを言うからだ。」
「いいじゃないですか、サナオリアで。 人参みたいな髪の色だから覚えやすいですし」
するとサナトリアは、なんでもないように自分勝手な台詞を放つクーデルスの背後に回り、奴の体を背中から抱きしめる。
そして……。
「いいわけ……あるかぁぁぁぁ!」
「のぉぉぉぉぉぉぉぉっ!?」
そのまま、クーデルスの体を後ろ向きに放り投げた。
暗くジメジメした奴隷部屋の一角が、グチョンと湿った衝撃音と共に僅かに揺れる。
「すげぇ、さすが
「つーか、アレ、まともに頭打ってないか? 死ぬぞ」
だが、そんな守衛達の心配を他所に、クーデルスは何でも無いかのようにグチョグチョの床の上で起き上がった。
そして、髪から垂れる粘液を手で振り払おうともせずに、カッと目を見開く。
ぞわっ……クーデルスの目の尋常ではない輝きに、その場を見守る全員の背筋に悪寒が走った。
うわ、なんかヤベェ! 今の衝撃で、いよいよ頭が狂ったか?
そんな想像に身を震わせつつ、守衛たちが目を見開きながら後ずさりする中、クーデルスはボソリと口を開く。
「よし、決めました」
「あぁん。 何を決めたっていうんだ、お前。
ようやく大人しく売り飛ばされる気になったか?」
皮肉というより願望に近い台詞を口にしたサナトリアだが、クーデルスの答えはいつも通り斜め上を飛んでいた。
「いえ、スイカを植えます」
いや、まて、お前……なぜに……スイカ?
あまりにも意味不明な言動に、その場にいる全員の心が瞬時に無に還ったのは言うまでもない。
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