第68話
「まぁ、いい。 お前の護りたい人間とやらはこの私が匿ってやろう。
……
空中に氷の塊が生まれ、一瞬で門の形をとる。
門の向こうには、その場にあるはずない風景が広がっていた。
「クーデルス……」
アモエナの目が心配げにクーデルスを見返す。
そしてクーデルスはというと、優しい笑顔を口元に浮かべながら、囁くように語り掛けた。
「心配はいませんよ、アモエナさん。
このシロクマは腹黒い方ですが、プライドが高いのでくだらない裏切りをするような心配はありません」
「貴様、喧嘩を売っているのか?」
クーデルスの後ろで腕を組んだまま、ベラトールが低く唸り声をあげて牙を向く。
だが、さらにその後ろではモラルが小声で愚痴を吐いていた。
「ふぅ、たぶんそういうことじゃないんだけどなぁ。
……というか、ズルいわよね。
クーデルスって、わかっていても知らない振りするから」
おそらくアモエナが一番安心できるのはクーデルスの隣だ。
実際に安全かどうかという理屈ではない。
誰を一番頼りにしているかと言うことである。
そんなモラルの推測を裏付けるかのように、アモエナは切ない目でクーデルスを見つめる。
「ちゃんと迎えにきてね?」
「もちろんですよ。 せっかくだから、ベラトールさんに甘えて贅沢しておいでなさい」
クーデルスがそう告げると、アモエナは一瞬迷うように視線をさまよわせた後、ドルチェスとカッファーナに手を引かれて門を潜り抜けた。
アモエナが潜り抜けると同時に門は閉まり、一瞬で霧となって消えうせる。
そしてこの場にクーデルスの身内がいなくなったことを見計らい、モラルがやや低めの声で語りかける。
「ところでさー、クーデルス」
「どうしました、モラルさん?」
妙な胸騒ぎを覚え、クーデルスは振り返った。
「さっきダンジョンの中の様子を探ってみたんだけどさ。
どうも様子がおかしいのよね」
「どうおかしいのです?」
「オークたちの生命反応が少しずつ消えているわ。
代わりに、汚らわしいアンデッド共の気配が増えてる」
その瞬間、クーデルスの口元が凍りついた。
「……くっ、してやられました」
「どうする?」
「アレだけのオークを全て殺してアンデッドにするにはかなりの時間がかかります。
できるだけ早急に、オークたちを救済しなくては」
その返答に、モラルは溜息を吐く。
「もしかして……って思っていたけど、やっぱりそんな事考えていたのね。
スタンピードを解決するだけならば、ほかに楽で確実な手はいくらでもあるもの」
それこそ壁を作ったりせずに、クーデルスが強烈な魔物を大量に生み出して逆スタンピードでもけしかければ手っ取り早い話である。
いや、ベラトールとの協力体制を構築したならば、ベラトールが遠慮なく自らの力を振るえるよう環境を整えてやればいい。
他にも、ダンジョンは街の外の事だからと理由をつけてモラルがダンジョンごと喰らい尽くすという選択肢すら存在したのだ。
それらを全て選ばなかった以上、クーデルスが何かろくでもないことを考えているのは明白である。
「まったく、あのような汚らわしい生き物を救おうだなど、度し難いことを考えるヤツだ」
ベラトールが心底理解できないとばかりに溜息をつく。
およそ、人間社会に暮らすものならばほとんどの者が同意するに違いない。
しかし、クーデルスはそもそも魔族側の人間である。
「だって、彼らもまた被害者じゃないですか」
人々に忌み嫌われるオークといえど、彼にとっては普通の臣民であった。
自らの住まいからダンジョンへと強制的に拉致され、ただひたすら繁殖を強いられ、平気として使い潰される。
なるほど、視線を変えれば被害者といえなくもないだろう。
だが、モラルとベラトールは魔族ではない。
彼らにとって、それは到底理解しがたい感覚であった。
モラルは大きく頭を横に振ると、この平行線をたどるしかない問題に見切りをつけ、建設的な意見を求める。
「クーデルスの理想については後で話しましょ。
問題は……」
「あの時の会談もやはり筒抜けになっていたということですね。
もっとも、その程度で私達を出し抜けると思っているならば、とんだ傲慢というもの。
格の違いを教えてさしあげましょう」
僅かに怒りを滲ませたクーデルスの声に、ベラトールが質問をかぶせる。
「具体的には?」
「向こうが対応できないぐらい迅速に行動するというのはどうでしょう?」
その瞬間、シロクマの顔がニヤリと笑い、大きな牙がむき出しになった。
「電撃作戦か! 面白い!!」
「ふふふ、普通なら寝言にしか聞こえない話だけど、私達なら奇策の一つで通せるわね」
「では、皆さん。 ……最善を尽くしましょう」
具体的な作戦は何も言わない。
そう、何も言わなかった。
だが、二人はクーデルスが書き上げた書類を手に取ると、それぞれの役目を果たすべく動き出したのである。
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