53話

「思った以上に荒れているな」

 宿で出されたビスケットを齧り、サナトリアはボソリと呟いた。

 そして苦虫を噛み潰したような顔で、床に唾を吐く。


 別に彼の身につけているマナーが悪いわけではない。

 もっとも、そんなお上品な育ちと言うわけでも無いのだが。


 では、なぜそんな行儀の悪い事を彼がしたのか?

 サナトリアが唾を吐いたのは、ビスケットの中に砂が入っていたからである。

 性質の悪い酒場などが、経費を水増しするためによくやらかす方法だ。


 しかも、混じっている砂の量がかなり多く、味が薄い上に噛み締めればジャリジャリと不愉快な音が鳴り響く。

 思わず口からでかかった罵声を飲み込むため、彼は一緒に注文したワインをあおるのだが……そのワインも水で薄められているのかまったく味がしなかった。


 生まれつき嗅覚がないために食事に興味を持たないサナトリアだが、この状態にはさすがに耐えかねたらしい。

 その鼻面に不機嫌な肉食獣がやるような皺が刻まれる。


「ひでぇ食事だ。 クーデルスの奴は何してんだか」

 とうとう悪態を口にしたサナトリアだが、その隣から苦笑いが響く。


「奴が関与しているのはハンプレット村だけだ。

 代官がいなくなって領地全体を支援し始めたのは先週の話しだぞ。 近隣の村の治安や食事についてまで責めるのは酷と言うものだろうよ」

「そうは言うけどよ、ガンナード。 いくらなんでもこれは無いだろ?

 はっきり行って、こいつはもう食い物じゃねぇぞ!」

 よほど腹に据えかねたのだろう……サナトリアは食べかけのビスケットを床にほうりなげた。


「食い物じゃなくて悪かったねぇ! いやなら食べなきゃいいんだよっ!!」

 すると、サナトリアの愚痴と悪態を聞きつけ、宿の女将がすかさず怒鳴り返す。


「開き直りか、女将さんよぉ。 金をとっているのにゴミみたいなもの出しやがって。 この落とし前はどうつけてくれるんだ? あぁん!?」

「はっきり言って、これは出すところに出せば宿の営業許可がどうなるかわからんような代物だぞ?

 とりあえず、宿屋のギルドの幹部と話をさせてもらわねばならんな」

 だが、サナトリアとガンナードが殺意のこもった視線と台詞を向けると、女将は一瞬で奥に引っ込んでいった。

 あえて二人もそれ以上の追及はしない。


「……ったく、これじゃ先が思いやられるぜ。

 被害の中心地だったハンプレット村にいったら、何を食わされるやら。

 どうするよ、ガンナード?」

 フンと鼻を鳴らして話題を振るサナトリアだが、話題を振られたガンナードはすぐには返事を返さず、顎に指をあててしばらく考え込む。

 そして彼はボソリと呟いた。


「俺はなんとなくだが……ちゃっかりアレが手を回してこの辺の村よりはるかにいいもの食っているような気がする」

 むろん、アレとはクーデルスのことだ。

 そもそも彼が本気になれば、あのデタラメな地の魔術を使っていくらでも作物を作る事ができるのである。

 もっとも、彼がそんな浅はかなことをやらかして、村人が彼に依存しきってしまうような状況を作り出す――そんな愚かな存在だとは欠片も思わないのだが。

 

「あー、そう言われると、俺もなんだかそんな気がしてきたわ。

 あいつ、意外と食い物にはこだわるからな」

 少し頭が冷えたらしく、サナトリアも髪をがしがしとかき乱しながら、椅子の背もたれに体を預け、ため息と共に天井を見上げる。


 そこに第三の男が口を挟んだ。


「まぁ、ふたりともそう村人たちを責めなさんな。

 最近は領内の魔物の生息区域に変化があったらしくて、商人どもがやってこないらしい。

 そうでなくとも、大雨で春小麦が大きな被害を受けたってのに、代官がごっそりいつもどおりの税を持っていったらしくて、みんなカツカツなんだそうだ」

 その男の声に、周囲で食事を取りつつ彼らの会話に耳を傾けていた村人もわが意を得たりとばかりにウンウンと頷く。


 だが、サナトリアはそんな流れを鼻で笑い飛ばすと、肉食獣のような笑みを浮かべつつ周囲を見渡した。

「関係ねーよ、エルデル。

 俺達は金を出した。 で、女将は食えねーものを出してきた。

 落とし前は必要だろう?」

 そして隣のガンナードに視線を送るも、ガンナードは特に同意するそぶりは見せない。

 かわりに、思い悩むような顔でため息をつくだけであった。


「相変わらずの短気だな、サナトリア。

 それよりもエルデル……領内の魔物の生息区域に変化があったと言ったが、その原因と被害範囲はわかるか?」

 ガンナードがそんな質問を投げかけると、第三の男……天耳のエルデルと呼ばれる腕利きの冒険者は、すぐには答えずに口の中でモゴモゴと台詞を吟味し始める。

 そしてしばらくしてからボソリと呟いた。


「残念だが、原因は不明だ。

 だが、状況としては周辺の魔物がハンプレット村から遠ざかるような動きをし、それが色々と連鎖反応を起こして生息区域が変わってしまったらしい」

 その瞬間、彼らはなぜエルデルが言い淀んだかを理解したと同時に、一人の人物を脳裏に浮かべる。


「それ……ぜってーアイツの仕業だな」

「と言うより、復興支援の手助けを渋った奴らへの意趣返しだな」

 クーデルスからの報告書によれば、近隣の村に支援と応援を求めたとき、結局は村同士としての支援は受けられず、ハンプレット村の住人と親戚づきあいなどがある個人からの支援しか受けられなかったらしい。

 クーデルスは一見しておおらかに見えるのだが、そのあたりキッチリ根に持つタイプである。

 政治屋などと言う生き物は、口からは高尚な言葉を吐き出す半面で、やられた分はいつか忘れた頃にキッチリ仕返しを狙う、きわめて狭量で陰湿な生き物なのだ。


「まぁ、結局はこの村の奴らの自業自得って事だが、どうする?」

 サナトリアは、他の二人に対して意味深な台詞を投げた。

 余人にはわかりにくいが、村の街道に現れて商人を襲う魔物をどうするかと言う意味だ。


「どうするも何も、見逃す手は無いだろう? 最近は情報集めばかりで体が鈍っていたところだしな」

 エルデルは細い吊り目をさらにすぼめて、剣呑な光を宿しながら嗤う。


 この三人、実はかつては一緒にパーティーを組んでいた昔なじみなのだ。

 そしてクーデルスの働きすぎによってやる仕事がほとんどなくなった彼らは、趣味と実益を兼ねてライカーネル領で魔物狩りに来ていたのである。


 そして最後にガンナードが頷いた。


「では、村長に交渉して依頼にしてこよう。 久しぶりの魔物狩りだ。 腕が鳴るな」

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