お花畑の魔王様
卯堂 成隆
イントロダクション
「クーデルス・タート。 お前を我が四天王から解任する!」
それは数多の魔族の重鎮が立ち並ぶ御前会議、その中心人物……このたび新しく就任した魔帝王からの言葉であった。
告げられたのは、どこか締まらない雰囲気の付きまとう男である。
黒縁の眼鏡に、顔を隠すような長い前髪。
声の落ち着きや雰囲気からすると、四十代ぐらいだろうか?
背は見上げるほど高く体にも厚みがあり、それなりに貫禄だけはあった。 ただし、どうにも胡散臭い。
周囲の冷たい視線の突き刺さる中、クーデルスと呼ばれたその男は申し訳なさそうな声で答える。
「えっと……なんとかなりません?」
「ならん!」
おずおずと上目遣いに聞き返すクーデルスに、魔帝王は間髪を入れずに拒絶を叩きつけた。
そして石で出来た女神像と見まがうほどの冷ややかな美貌をゆがめ、指でテーブルをコツコツと叩きながら言葉を続ける。
「そもそもだ、貴様がなぜ四天王の一角なのかが理解できん。 先代の魔帝王は何を考えてこんな男を魔族の重鎮に据えたのか」
その言葉に、周囲の魔族の重鎮たちも大きく頷いた。
「我ら魔族にあるまじき緊張感の無い容姿の癖に女官たちには声をかけまくり、おまけに先の勇者との戦いにおいても一切の功績なし!!
挙句の果てには、使用できる魔術属性が"お花畑"だと!?」
最後の言葉を聞くなり、クーデルスはバツの悪そうな表情を浮かべて耳を塞いだ。
この世界において、全ての存在は"属性"と言うものをもって生まれてくる。
基本的に地・水・火・風の四つの元素と同じ名前の属性が与えられるのだが、ごくごく稀に……それこそ歴史上においても片手で数えるほどの例外が記録されており、クーデルスはその例外の一人だった。
そう。 このクーデルスは魔族で……いや、この世界で唯一の"お花畑属性"という奇妙な属性を持っているのである。
もっとも、彼のその属性がいかなる魔術を繰り出すのかは誰も知らない。
……というか、誰も興味を持っていなかった。
なぜなら、戦闘民族である魔族にとって、"強そうではない"ということはそれだけで侮蔑の対象でしかないからだ。
「我が言葉に反論する事もできぬか。 この無能で惰弱な男が今まで魔族の重鎮として無駄飯を食らっていたかと思うと、はらわたが煮えくり返るわ!」
「い、いやぁ……功績というなら、戦闘以外で結構がんばっているんですけど。 決して無駄飯喰らいでは無いと……」
だが、それは魔族の誰もが興味をもたない内容である。
それが分かっているので、クーデルスはあえてその内容を口にせず、その功績とは何かと彼にたずねるものもいなかった。
「貴様、よほどこの私を怒らせたいようだな!」
魔帝王はクーデルスの言葉をさえぎると、平手で机をバシンと叩く。
重厚な木製の机に、ピシリと大きな皹が入った。
だが、魔帝王の怒りは収まらない。
彼はガタンと大きな音を立てて立ち上がると、その指先に黒く禍々しい魔力を集めながら告げた。
「陛下、お願いですから考え直してください。
確かに私は貴方が誇りに思うような力は持っておりません。 ですが、私には私の役目があるのです。
貴方の父上である先代の魔帝王から私を絶対に手離すなと言われていたことを忘れたのですか?」
クーデルスは魔帝王を諭すような声で自らの立場を訴える。
その目には真摯な光があり、同時にこの上もなく悲しげであった。
「黙れ! 貴様の顔など、もはや一瞬たりとも見たくない! 我が呪いを受けよ、クーデルス!
今すぐ転移の魔術にてこの国の外、人間たちの住む世界へと貴様を捨ててやる。
貴様が再びこの国に舞い戻ろうとすれば、我が呪いによって死が訪れると思え!!」
次の瞬間、魔帝王の全身から魔力が青白い光となって噴出する。
その怒りの激しさとすさまじい魔力の余波に、並み居る重臣たちのほとんどが目を背けるか机の下に身を伏せた。
迫り来る魔力の奔流を前に、クーデルスは全てを諦めたかのように目を閉じる。
恐ろしいほどの魔力が空間を埋め尽くし、クーデルスを国外へと放逐する魔術が完成した。
やがて魔族の重鎮たちが机の下から這い出したとき、魔帝国の穀倉地帯である南の平原を管理していた重鎮、"お花畑の魔王"クーデルス・タートの姿はもはやなかった。
そして、彼らがクーデルス・タートの姿を目にする事は二度とあるまい。
「さぁ、いらないお荷物は片付いた。 ここからは、栄えある魔帝国の未来について語り合おう!」
若い魔帝王がそう宣言すると、ようやく魔族の重鎮たちは自分達の出番が回ってきたことを理解した。
そしてほくそ笑む。
さぁ、この力だけしか取り柄の無い若造から、どうやって利権をむしりとってやろうかと。
だが、彼らは理解していなかった。
たった今追放された男が、魔族の社会において心臓とも言えるとんでもない重要人物であったことを。
すでに彼らの利権も栄光も、はるか彼方へと自分達の手で投げ捨ててしまっていたことを。
それを彼らが思い知るのは、しばらく先の話である。
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