第99話

「その脚本家の先生が、なんで兵士に追われているの?」


 そんな疑問が出るのも当然だが、青年は首を横に振った。


「……知らないよ。 もういいだろ、知っている事は全部話したんだから。

 あぁ、もしどっかでウチの先生を見付から事務所まで知らせてくれ。

 兵士の詰め所より先にだぞ?」

 そんな都合のいい事を告げると、アモエナの手が一瞬緩んだ隙をついて青年は立ち去っていった。


「脚本家かぁ……カッファーナさんの知り合いだといいんだけど」


 色々と考えてみたが、何か話を聞けそうな相手はそれぐらいである。

 少なくとも、この劇団のほかの脚本家に話かけても無視されるのが関の山だろう。


「おやおや、アモエナさん。

 もしかして、その脚本家先生を探す気ですか?」


 考え込んだアモエナの顔を覗き込み、クーデルスがニヤリと口元だけで笑った。


「だって、探さないとこの騒動は終わらないんでしょ?

 だったら、私も手を尽くさなきゃ」


 だが、クーデルスがそんな温い策を使うはずが無い。


「無駄だと思うんですけどねぇ」


 いつもの胡散臭い顔クーデルスが呟くと、アモエナがムッとした表情になった。

 さすがに我慢の限界がきたらしい。


「人のやる気を削ぐようなこと言わない! 邪魔するんだったら、クーデルスはあっちに行ってて!!」


 不機嫌な声と共に、クーデルスの鳩尾に肘を叩き込む。

 だが、神話レベルの頑丈さを誇る魔王には蚊が刺したほどでもなかったらしく、息一つ乱さず子供の悪戯を見るような目で彼女を見下ろした。


「それは無いですよ、アモエナさん。 こんな可愛い女の子が一人で街を歩いたら、変な虫に食べられちゃいますよ?」

「そういうクーデルスは変な犬みたいよ」


 しかも、さかりのついた大型犬である。

 いや、腰をこすりつけてこないだけ少しだけマシか。


「……アモエナさんが冷たい。 もしかして、愛情の裏返しと言う奴ですか?」


「何言ってるの、このおじさん。 きもいー。 やだぁー」


 クーデルスが冗談のつもりで放った台詞に、すかさず言葉のカウンターが入る。


「ぐおぉぉぉ、何気に言葉の攻撃力が高いです。

 私、泣いちゃいますよ」


 さすがにこれは辛かったらしく、クーデルスが胸を手で押えてうずくまった。

 そんなクーデルスをよそに、アモエナは街の入り口方面にそっと目をやる。


「とりあえず、カッファーナさんの到着待ちね。

 夕方には着くって言っていたけど、早くこないかな」


 残念ながら、これ以上動き回るにも話を聞く当てが無い。

 脚本家ウフィッツィーはなぜ消えたのか、そしてなぜ兵に追われているのか。

 おそらくクーデルスの仕業ではあるのだが、この腹黒い魔王の口を割らせる自信は無い。


 やがて夕方になりカッファーナがドゥロペラにやってくると、アモエナは開口一番に消えた脚本家についてたずねた。

 すると……。


「あー、ウフィッツィーか。 あの馬鹿まだ王立舞踏団にいたんだ」

 そう呟いたカッファーナの顔は渋い。

 あまりいいイメージではないようである。


「どんな人なの?」

 アモエナがそう尋ねると、カッファーナは顎に握りこぶしを当ててしばし考え込んだ。

 そして熟考の末に出した言葉は、こんな一言だった。


「なんというか……理想に燃える馬鹿?

 昔口説かれたけど、秒で断ったわよ」

「それじゃよくわからないんだけど」


 大体のイメージはわかるが、ほしかったのはもうすこし具体的な内容である。


「たしかに才能はあるのよね。

 ただ、その作風が何と言うかね……押し付けがましい?

 自分の考えた正義ってヤツを前面的に押し出した感じの話を書くのよね」


 なるほど、確かにそれは同じ価値観を持つ人に熱狂的に受け入れられるタイプだろう。

 だが、同時に人の好き嫌いが大きく分かれるタイプの作家でもある。


「いつも自分が一番賢くて正しいと思っているタイプといったらわかるかしら。

 私を口説いたときも、断られるなんて思ってもいなかったようだったわね。

 そのあと、馬鹿だの感性が乏しいだのと罵られたわ」


 カッファーナの説明に、アモエナは顔をしかめる。

 どうやら、何か彼女のトラウマに触れたような感触だ。


「……なんとなくわかった。

 昔住んでいた村の、村長の息子がそんなタイプだったっけ。

 私もわりと嫌い」


 だが、その表情に浮かぶのは嫌悪だけではなかった。

 どこか遠い目をして、アモエナは呟く。


「まぁ、今となってはいい思い出だけどね」


 奴隷として売られた彼女に、故郷はもう存在し無い。

 正確には故郷と呼べるような、いつか帰る場所というものが彼女にはもう無いのだ。

 それが貧しさというものであり、奴隷として売られたということである。


 すると、そんなアモエナを励ますかのように、カッファーナはこんな提案を口にした。


「ウフィッツィーの行方を調べたいなら協力するわよ?

 いい取材になりそうだし」

「いいの?」


 予想もしてなかった協力的な言葉に、アモエナは思わず問い返す。

 そんなアモエナに、カッファーナは軽くウィンクをしてみせた。


「ドルチェスがこっちに来るまでならね。

 あと一週間は向こうでかかりきりになるだろうから、それまでにいろいろと取材しましょ」

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