第79話

「今戻りましたよ、アモエナさん。 寂しくなかったですか?」

 ぐったりとしたドワーフたちを引き連れ、クーデルスは意気揚々と宿屋に凱旋した。

 そして両腕を広げてアモエナの抱擁ハグを待ち構えていたのだが……。


「あ、うん。 おかえり、クーデルス」

 返ってきたのは、なんとも素っ気無い台詞だった。

 元々が恋人でも無いので、再会に感動して抱きついてくるなんてことはありえないのだが、これはあまりにもすげない態度だといえよう。


「どうしたんです? アモエナさん」

 クーデルスの空回りはいつもの事として、アモエナのテンションの低さが気になり、思わず彼は首をかしげた。

 すると、アモエナは視線を下にそらしてボソリと呟く。


「あ、クーデルス……特になんでもないよ」

「なんでもないはず無いでしょ」

「な、なんでもないったら、ないの!!」

 だが、アモエナは一瞬迷惑そうに顔をしかめると、そのままクーデルスに背を向けて自分の部屋へと逃げてしまった。


「あ……行ってしまいました。

 もしかして、思春期というヤツでしょうか?

 まさか、私を男として意識したせいでどう接していいかわからないとか」


 その台詞に、後ろから茶を噴くような音が聞こえる。

 振り向くと、ドルチェスが腹を押えて笑いをこらえていた。


「残念ながら違いますよ。

 どちらかというと、クーデルスさんの場合は洗濯物を一緒に洗わないでとか言われてガックリと肩を落とす役でしょ」

「ひどい。 それはあんまりですよ、ドルチェスさん。

 ……というか、最初から洗濯物は一緒に洗ってません」


 なお、最初の頃にクーデルスがアモエナの下着をうっかり一緒に洗ってしまい、しこたま怒られたのは内緒の話である。

 想像してみてほしい。

 四十代の外見をした体格のいい大男が、十代の少女の下着を洗う姿を。

 軽く犯罪だ。


「そ、そうですか」

 おそらく嫌なものを想像してしまったのだろう。

 ドルチェスは冷や汗をかきながら一歩後ずさった。


「それで、アモエナさんに何があったんです?

 口ぶりからすると、理由をご存知のようですが」

「具体的に彼女が何を思っているかわかりません。

 ですが、そのきっかけぐらいならば……」


 すると、ドルチェスは少し考え込んでから、少し頼りなさげな声で答えを口にした。


「実はベラトール神の別邸に王立舞踏団の連中が宿泊していたんです。

 アモエナさんの様子がおかしくなったのは、その練習風景を見てからですね」


 おそらくその練習風景で見た何かが原因であることはわかるが、具体的に何を見てしまったのかはわからない。

 ――何か悪いものでなければよいのだが。


 そんな事を考えていると、ふと何かを思い出したかのようにドルチェスが口を開いた。

 

「そういえば……クーデルスさん。

 先ほどベラトール神殿の方がいらっしゃいまして、ダンジョン討伐の記念式典が行われる予定なのだそうです。

 王立舞踏団がその式典にあわせて記念公演をするらしいので、そこで何かがわかるかもしれません」


 なるほど、確かにアモエナに何があったのかを知るならば、その手がかりはそこにしか無いだろう。


「なるほど。 ちなみにその王立舞踏団の方々は?」

「ベラトール神の別邸で公演の練習をしているかと」

「では、一度その練習風景を見学に行きますか」


 クーデルスが席を立ち、外に向かおうとしたその時であった。

 バタンと扉が開く音がして、アモエナが飛び出してきたのである。


「私も行く!!」

「おや、アモエナさん? 急に元気になりましたね」


 クーデルスがニッコリと笑いながら話しかけると、アモエナは顔を真っ赤に染めて視線をそらした。


「え、そ、そんな事ないよ!」

「まぁ、いいでしょう。 貴女が元気ならばそれでよいのです。

 一緒に王立舞踏団の練習を見学しに行きましょうか」

 そもそも、クーデルスが王立舞踏団を尋ねようとしてのも、アモエナに元気が無い原因を探るためである。

 そのアモエナが元気になるのならば、連れてゆかないという手は無い。


「ご、ごめんね? 我侭だよね」

「いいえ。 我侭というのは、人に迷惑をかけているのに無理を言うことです。

 このぐらいの事、全く迷惑ではありません」


 そういいながらクーデルスは腰をかがめると、アモエナの目をまっすぐに覗き込み、恥ずかしがって雌をそらして彼女の耳にそっと囁いた。


「でも、何かやりたい事があるというのなら、できるだけ話してくださいね。

 でないと、応援する事もできないじゃないですか」


 すると、アモエナは俯いたまま独り言のようにおずおずと呟く。


「う、うん……。

 でも、私にもよくわからないの。 ただ、あの人たちの練習風景を見ていたら、こう、全身がカッと熱くなって、気持ちが高ぶって……気が付いたら涙が出ていたの。

 私は、その理由が知りたい」


 その疑問に答えたのは、いつのまにか近くにきていたカッファーナであった。


「それは、感動したのよアモエナちゃん。

 人という生き物はね、本当に感動したとき、それをどう言葉にして良いものがわからないものなの」


 芸術家の先輩として、カッファーナは自らの過去を振り返りながら言葉を紡ぐ。


「私もそう。 何かに感動すると、すぐにそれを言葉にしたくなってて。

 でも、ぜんぜん言葉では表せなくて。

 苛立って悲しくて……でもその感動に出会えた事が嬉しくて、つい大きな声で叫んでしまうわ。

 誰かを感動させるような作品って言うのはね、作り手がそういった強い感動を体験しないと生まれないのよ」


 なるほど、カッファーナが口にすれば、おそろしく説得力のある言葉だ。

 普段からネタが降りてくるたびに奇声を上げながら奇行に走る彼女ではあるが、その作り出された作品には人の心を動かす力がある。


「では、なおの事アモエナさんを連れてゆかなくてはなりませんね。

 貴女が何に感動して、何を生み出そうとしているのか、この南の魔王クーデルスに見せてください。

 私は貴女に感動させてもらいたいのです」


 口元に優しい笑みを浮かべるクーデルスを、アモエナは少し頼りなさげな微笑を浮かべて見つめた。


「私に……クーデルスを感動させるものが作り出せるのかな?」

「貴女だからこそ、できると思うのですよ。

 さぁ、行きましょう。 動かなければ、何も始まりません」

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