第49話
「では、手分けして情報を集めましょう」
クーデルスたちはその日の宿を決めると、さっそく情報を収集することにした。
「私は宿の従業員の方々から話を聞いてみます。
ドルチェスさんとカッファーナさんは、酒場などを中心にお願いできますか?」
クーデルスの提案に、二人は頷く。
「わかりました。 流しの吟遊詩人のフリをして探ってみましょう」
「私はそうね……普通に取材の要領で、その辺の酒場で飲みに来た客と話をしてみるわ。
念のためにだけど、護衛としてファンゴリアンを何人か貸してちょうだい」
「良いでしょう。 お願いします」
たしかにこの状況でカッファーナを一人にさせるわけには行かない。
クーデルスはファンゴリアンの何人かをカッファーナにつけると、自らも宿の従業員たちに話をしようと席を立つ。
だが、そんな彼の袖を引く者がいた。
アモエナである。
「ねぇ、クーデルス。 私は何をすればいいのかな?」
クーデルスは前髪の向こうで少し困った顔をした。
アモエナにしてもらう仕事が無いからだ。
面倒は真っ平とばかりにそそくさと逃げ出したドルチェスとカッファーナに恨めしげな横目を向けつつ、たっぷり二呼吸ほど間を置いてから、クーデルスは幼子を言い含めるようにこう告げる。
「アモエナさんはミロンちゃんと一緒にお留守番です」
「なによー、また私だけ仲間はずれ?」
アモエナが唇を尖らせて不満を漏らす。
気持ちはわからなくもないが、非常事態になりつつある街の中で彼女をひとりでうろつかせるような事はさすがに避けたかった。
ファンゴリアンを護衛につけるという手も考えたのだが、無駄にすばしっこい彼女をファンゴリアンたちが見失う展開がありありと頭に浮かんだため、その方向は無しである。
スイカを護衛につける事も考えたが、こちらは会話能力が無いため、何かあったときに周囲の人間に協力を求める事ができない。
アモエナ本人はクーデルスの横にいて何か手伝いを……と考えているのかも知れないが、それでは色々とクーデルスが動きづらかった。
クーデルスはしばらく額に手を当てて考え、心を鬼にして彼女に告げる。
「では、お伺いしますが、アモエナさんはどこでどうやって情報を調べになるおつもりですか?」
「え? えっと……その……もぉ! 意地悪っ!!」
そんな風に尋ねられれば、答えが見つからない彼女はクーデルスの言葉を受け入れるしかない。
「アモエナさんはかわいらしいですからね。 変な男に眼を付けられては困ります」
「そんな言葉じゃ騙されないんだから! クーデルスの馬鹿っ!!」
憤懣やるかたなしといわんばかりの表情でそういい捨てると、アモエナは宿の自分の部屋に引きこもってしまった。
「あー これはこれで困りましたねぇ。
とりあえず、ファンゴリアンの皆さんの中から3人、アモエナさんの見張りをお願いします」
色々と心配ではあるのだが、この状況下ではアモエナばかりにかまってはいられない。
ため息をつきながらそんな指示を出すと、クーデルスは自分の仕事を開始することにした。
「あぁ、女将さん。 どうにも街の中が物々しいというか、妙な感じなのですが……」
改めてクーデルスが宿の女将をつかまえて話しかけると、答えはすぐ返ってきた。
「あぁ、その話かい。 この街にスタンピードの危機が迫っているという噂話があるのさ」
スタンピードとは、ダンジョンから魔物があふれ出す現象である。
文字通り魔物による津波であり、格の低い神に守護された街ならばあっという間に滅びてしまうような恐ろしい災害だ。
「もう少し詳しくお願いできますか?」
「つい三日ほど前の話だったかしらねぇ……この街と王都を結ぶ街道のそばに、大きめのダンジョンがあるのはご存知かい?
そのダンジョンの中の魔物が急速に増えてきてねぇ。 スタンピードを起こす兆候だって話だよ」
街の中ではそんな話が駆け巡っており、それで反対側であるリンデルク方面に逃げようとする住人が多いらしい。
クーデルスたちが波止場ですれ違ったのは、そんな人々の第一陣だったようである。
だが、クーデルスはその前髪に隠れた目に疑問の色を強く滲ませていた。
どうにも腑に落ちない事があるようである。
「つかぬことをお伺いしますが、その情報……どこから?」
「この宿に泊まっていた冒険者だよ。 本人がダンジョンに潜って確かめてきた話が元になっているらしいから、信憑性は高いとおもうよ。
ダンジョンの中は魔物たちがひしめき合っていて、それはそれはものすごい状況だったそうだね」
「その冒険者、今はどこに?」
クーデルスがなおも質問を重ねようとしたときである。
「女将さーん、仕入れ業者が来たんで注文の確認お願いしまーす!!」
タイミング悪く、遠くから女将を呼ぶ誰かの声が聞こえてきた。
「おっと、呼ばれているね。 悪いけど詳しい話はまた後でいいかい?」
そう告げると、女将は返事を待つことも無く声のした方向に立ち去ってしまう。
やがて女将の姿が見えなくなると、クーデルスは顎に指を当てながら呟いた。
「おかしいですね……」
今の話、クーデルスからするとどうにも腑に落ちないことだらけであった。
根本的な話として、クーデルスの知っているベラトール神は抜け目無い性格だ
自分の守護領域のダンジョンでスタンピードが起きるようなヘマをするとは思えない。
彼を出し抜いてそんな事ができるとすれば、該当する魔族はたった二人。
そのうちの一人はクーデルス本人であり、もう一人は彼の妹である北の魔王だ。
ついでに死を司る北の魔王がこの地に呼び出されていたならば、その存在の影響でもっと具体的な異変が起きているはずである。
そもそも、魔物の大繁殖が真実だとしても、そんな情報をばら撒いたら街の中が大混乱になるのは目に見えている。
なぜ緘口令はしかれなかったのだろうか?
つまり、今の情報を宿屋の女将から聞きだせるという状況があまりにも不自然なのである。
そんな事を考えながら、クーデルスは宿を出て人気の無い裏路地までやってくると、独り言のようにボソリと呟いた。
「ドワーフさんたち、ちょっとお願い事をしていいですか?」
クーデルスが呟くと、その服の袖からドワーフハムスターたちが現れる。
そしてクーデルスは彼らにむかってこんなことを頼んだのであった。
「どうもこの街で妙な情報工作をしている方がいらっしゃるようです。
街の近くでスタンピードが起きるという話、その出所を探ってきてくださいませんか?」
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