79話

 セサーレ嬢来訪の知らせが、クーデルスの下に届く……その数時間前。

 その知らせは、先に王太子のところへも来ていた。


 その時、かの王太子サンクードは庭で暢気にお茶をしていたという。

 彼はスイカのメイドとスイカの女兵士を周囲にはべらせ、茶を飲んでは彼女たちを眺めてうっとりとした表情でため息。

 さすがに酒を飲まないだけの分別はあるものの、一国の王太子としては情けない限りの姿である。

 

 そこに彼の側近が知らせを持って駆け込んできた。

「殿下、一大事でございます」

「何事だ。 騒がしい」

 不機嫌な声を上げる王太子に、側近は耳打ちをして手紙を差し出す。

 すると、王太子は目をギョッと見開いて大声を上げた。


「なにぃ!? セレーサがここにくるだと!!」

 この状況で彼女が来るのは不味い。

 言うまでも無いが、サンクードはクーデルスの仕掛けた吊橋効果によって新しい恋に夢中な状態である。

 その意中の相手を特定できずにやきもきしているところに婚約者がくれば、おかしな態度を取ってしまう可能性は非常に高い。


「どうされますか?」

「いや、どうすると言っても……何か理由をつけて引き取らせろ」

 生憎と、サンクードは自分が演技の得意な人間でない事を知っていた。

 セサーレ嬢がここに来れば、ほぼ確実に浮気がばれてしまうだろう。

 だが、王太子の言葉に側近は渋い顔をする。


「あの方は、殿下の婚約者です。 それなりの理由がございませんとお引取りいただく事はできないかと」

「くっ……では、私は病に臥せっていることにしろ。 たちの悪い風邪で、うつると悪いからここには来るなと言え」

 だが、その答えにも側近は首を横に振る。


「恐れながら、それは悪手かと。 あの方の性格からすれば、看病すると言って余計に張り切ってここに来ると思われます」

「くそっ、なぜこのような時に……悪いが、今はセレーサの事は考えたくないんだ」

 せめて、もう少し自分の気持ちが落ち着いたときであればよいものを」

「おそらく、セレーサ様が来る事は避けられないかと。 なので、出来るだけ穏便に済ませる方策を採るのが一番だと思われます。

 とりあえず……殿下は体調が悪く、人と話をしたく無いと言うことにしましょう。

 あとは出来るだけセサーレ嬢との接触を避けるという方向で。

 それと、村人の噂話がかの方の耳に入らないようにしたほうが……」

 側近の提案に、王太子も大きく頷く。


「わかった。 私の愛しいスイカの君の事については緘口令を敷け。

 破ったものにはどのような罰を与えてもかまわん」

「では、そのように」

 かくして、一人の男の浮気隠蔽作戦が開始されたのであった。


******


 そして王太子が向かった先は、クーデルスの元である。

 しかも、何を頼んだかといえば……。


「はぁ、自ら体調不良になる方法ですか?」

「まぁ、出来なくは無いけどよ。 毒と病と、どっちがいい?」

 その場に居合わせたサナトリアもまた、面白がって首を突っ込んでくる。


「で、出来れば苦しくないほうが良い」

 つまり、演技で体調不良になる事ができないのならば、本当に体調不良になってしまえという考えだ。

 決して無意味な選択では無いが、かなりの捨て身である。

 よほど男爵令嬢に浮気がばれることが恐ろしいらしい。


 なお、同じ部屋にはアデリアもおり、先ほどから仕事の手を止めて、永遠の愛も砂や灰になりそうなほど冷めた目をして王太子の様子を伺っている。

 ダーテンと言う新しい恋人ができた事もあるだろうが、彼女にかけられた初恋の呪いは完全に解けてしまったようだ。

 もはやどうやっても焼け棒杭ぼっくいに火が付くどころか、ほじくりかえしても煙すら出ないだろう。


 すると、いつの間にか音もなく近づいてきたダーテンが彼女の隣に寄り添い、そっと王太子の姿を視界から隠す。

 あんな奴、二度とアデリアには近づけない……という無言の意思表示らしい。


 そんな弟分の様子に、クーデルスは一瞬だけ満足げな表情をうかべ、そして顎に指をあてて考え込む。


「ふむ、後遺症については薬も病も大差ありませんねぇ」

「けどよ、病だとあっさり治癒魔法でもってかれるぞ。

 あんまりキツい病だと、本気で命に関わるし」

 サナトリアの言うとおり、この世界には治癒魔術という便利な代物があるのだ。

 しかも、聞くところによれば、かの男爵令嬢はその手の専門家であるらしい。


「それは薬物でも同じですよ。 正直、どちらもお勧め出来ませんねぇ」

 そもそも、治癒魔術の専門家を相手に仮病を使おうという方向性が失敗なのだ。

 クーデルスがそこをやんわりと指摘すると、流石に王太子も理解したらしい。

 すると、困り果てた王太子は彼らに何か策がないかと尋ねるどころか、顔を赤くしつつ声を荒げて命令した。


「くっ……役立たずめ! ならばほかに何か良い方法を考えろ!!

 これは、命令だ!! お前等がなんとかするがいい!」

 ピクン。

 その瞬間、気性の荒いサナトリアの頬が一瞬だけ引きつる。

 おそらく、男爵令嬢の治療魔術ではどうにもならない病をけしかけようとしている顔だ。

 クーデルスの予想では、たぶん梅毒か淋病あたりを強化したものか、不能になる病。

 かかっている時点で問題になるか、恥ずかしくて令嬢の治療を拒否しそうな代物を選ぶに違いない。


「だったら俺が……」

 サナトリアがその悪質な悪戯を仕掛けようとしたその時である。


「解決策ならありますよ?」

 クーデルスが腕を広げてサナトリアをさえぎり、王太子に向かって微笑んだ。


「ふん。 もったいつけおって。 すぐに思いつくぐらいなら、最初からそれを提案すればよいのだ!」

「では、すぐに行動に移らせていただきます……咲き乱れよフロレシオン

 彼が指を鳴らした瞬間、王太子の周囲に緑のゴリラが現れる。

 そして暴れる暇も無く王太子の腕を掴んだ。

 先日の誘拐事件の再現……彼にとっては、忘れようにも忘れられない、トラウマである。


「うぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 そして、王太子は再び魔物にさらわれたのであった。

 まるでどこぞのキノコの国に住む、ピンクの果実の姫のように。

 

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