88話
「おぉぉぉぉぉい! ふざけんな、ジジィぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!! ぶっコロスゾぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
国王の発言に、最初に反応を示したのはダーテンだった。
だが、これは当然の話だろう。
少なくとも、これでキレない男がアデリアの恋人を名乗る資格は無い。
そしてその兄貴分であるクーデルスも、長い前髪の奥でひそかに眉をしかめていた。
「いくらなんでも、それはちょっといただけない話ですね」
……というより、筋が通らない。
いくら相手が国王とはいえ、これは飲めない話だ。
だが、当の国王は悪びれもせずに肩を竦めると、飄々とした調子で言葉をつむぎ出す。
「でもね、ウチとしてはそれしか方法がないんだよ。
長男はあの通りのダメ人間だし、次男は酷薄すぎて民をかえりみないだろうし。
長女も一人居るけど、まだあまりにも幼すぎてねぇ。
これが普通の家ならば、馬鹿息子を家からたたき出して終わりに出来たかもしれないけど、生憎とウチは王家なのよ。
教育に失敗した僕の責任もあるけど、だからといってハイそうですかで済ませるわけには行かないの。
わかるでしょ?
それとも君……この国の人間に、暗君を迎え入れろというの?」
一見して正当な理由に聞こえるが、王家の存在を絶対であると前提にしたうえに、民の幸福を人質にしたエゴむき出しの暴論だ。
当然、クーデルスが取り合うはずも無い。
「暗君を擁立するぐらいなら、そんな国など滅んでしまえばいいじゃないですか。
たぶん民は歓迎しますよ?
王が務まらない王族など、ゴミです。 残らず首を刎ねて、組織の効率化を図るべきですね。
継承権も100位ぐらいまで下ってみればまともな候補が居るかもしれませんし、それよりもその幼い王女に有能でステキな王子様をあてがえばいいじゃないですか。 相手の血筋なんかこだわらずに。 御伽噺みたいで素敵だと思いますが、どうでしょう?」
――うわっ、出たよ。 お花畑理論。
周囲が微妙な顔をするなか、クーデルス一人だけがニコニコと上機嫌である。
「そもそも、今更この国の行く末がアデリアさんにどう関係があるのですか?
王家から裏切られ、民からも言われ無き中傷を受けた彼女を、これ以上巻き込まないでください」
「そーだそーだ、もうアデリアはお前らの玩具じゃないんだぞ!」
クーデルスの拒絶に、ダーテンがさらに追い討ちをかける。
だが、国王は渋い顔を作り、哀れっぽい声で弁明を試みた。
「とは言ってもねぇ。
そう都合のいい人間なんかいないのよ。
もし、今のアデリアが王妃となるならば、なんとか国は繁栄できるんじゃないかと思うんだよね。
でなきゃ、お先真っ暗。
ねぇ、アデリア。 この国の民を救ってはくれないかなぁ」
そんな台詞でアデリアを吊り上げようとする国王だが、彼女は笑顔を浮かべたままきっぱりと告げた。
「お断りします」
「本当に?」
「ええ、本当に」
微笑すら浮かべ、アデリアはすがすがしい声で要望を突っぱねる。
取り付く島も無いとは、まさにこのことだ。
「すごく困っているんだけど?」
「それは大変ですわね」
国王の言葉を一蹴しながら、アデリアは自らを振り返る。
――なるほど、これが本当に無関心になったということなのね。
今だからわかる。
かつて王太子を憎んでいた頃は、クーデルスの言うとおりまだ未練が残っていたのだ。
こうして国王から声をかけられても、今はもう何も心が反応しない。
ただ、面倒くさいと感じるだけだ。
そんなアデリアの様子を感じ取ったのか、国王はため息と共にこう尋ねた。
「君、性格変わった?」
「ええ。 師匠の仕込がすごかったので」
笑いながらそう告げる彼女は、もはや悪役令嬢と呼ばれ世を拗ねていた女ではない。
たった半年程度で人はこうも変わるのかと、見る者がため息が出るほどにアデリアはたくましくなっていた。
「はぁ……クーデルス君、とんでもないことしちゃったね。
まぁ、こうなるとはうすうす思っていたよ。
なにせ、南の魔王直々の教育だもんねぇ」
トホホと声が聞こえてきそうなほど悄然とした様子を見せる国王だが、そこで引き下がるほどこの男は善良な性格をしていない。
「だからね、あの馬鹿息子に告げたのだよ。
――お前は廃嫡だとね。
ただし、アデリアをもう一度婚約者にできるならば、廃嫡の事は無しにしようと言ったらまぁ、やけに乗り気でねぇ」
なんと、よりにもよってあの馬鹿をけしかけてくるは!
あまりの暴挙に、その場にいる全員が眉間に皺を寄せる。
「なんて迷惑な。 しかし、やはり廃嫡の話は出しましたか」
「うん。 さすがにアレだけの醜態を見せられるとね」
「でも、無駄だと思いますよ?」
「あ、やっぱりそう思う?」
おそらく、腹の底で別の計略を練っているのは間違いなかった。
馬鹿をけしかけたのは、本命の策を隠すための陽動と、こちらのリソースを消費させて対策をとらせないためであるに違いない。
ろくでもない方法ではあるが、時間稼ぎと言うならばそれは有効な手段になりえた。
だが、このやり取りを耳にして、この場でもっとも心穏やかでない人物の忍耐がついに切れる。
「テンメェェェェェェ!! 何てことしやがる、この馬鹿野郎! アデリアの事を何だと思ってるんだ!! お前らにとって都合のいい道具じゃねぇんだぞ!!」
怒りで顔を真っ赤にしたダーテンが、国王の襟首を掴もうと手を伸ばす。
だが、すんでのところでその手はクーデルスによって止められた。
「おやめなさい。 暴力はみっともないですよ」
「でもよ、兄貴!!」
震えながら怒りを訴えるダーテンだが、クーデルスは静かに首を横に振る。
そこに、空気の読めない国王が口を挟んだ。
「ところで、さっきから怒っている彼、何者?」
「彼ですか? ダーテンさんといいましてね、アデリアさんの恋人で、私の可愛い弟分ですよ」
「あれま。 それは悪いことしちゃったねぇ」
「ふふふ、心にも無いことを。 謝罪を口にすれば許されるとでも思ってますか?
このツケはかなり大きいですよ。
もしかしたら、思い余って私と彼で国を滅ぼしちゃうかもしれませんね」
「ははは、まさかご冗談を」
「ははは、冗談だったらよかったですねぇ」
その瞬間、場の空気が凍りついた。
ガンナードとエルデルが嘘だろ……と目を丸くしてクーデルスを見るが、ただ彼は黙って笑顔を返す。
そして肝心のアデリアはというと、
「ダーテン、心配しなくても今更アレに傾く可能性なんて、クーデルスが真人間になるほどの可能性もございませんわよ?」
わりと平然としていた。
「マジでごめん。 でも、やっぱりヤだ。 アデリアには誰も言い寄ってほしくない」
「でも、それは仕方が無いわ。 だって今の私、とても綺麗で魅力的でしょ?」
そしてアデリアは、クスリと笑ってから彼に告げる。
「ダーテン、少ししゃがんでくださるかしら?」
「え? おぅ」
そして彼女はダーテンの耳元に口を近づけると、小さく何かを囁いた。
だが、その瞬間、ダーテンの顔が怒りとは違う方向で真っ赤に染まる。
さらにそのままコチコチに体を強張らせて動かなくなった。
「アデリアさん、何って囁いたんです?」
クーデルスがそうたずねると、アデリアは本物の悪女のように悪戯な笑みを浮かべる。
「まぁ、それは無粋な質問でしてよ? それにしても、クーデルスにもわからない事がおありになるのね」
「それはもう。 特に女性の気持ちなんて、わからないことの筆頭ですね」
ちらりと、今の会話を盗み聞きしていたであろうエルデルのほうを見ると、彼もまた真っ赤になって頭から湯気を噴いていた。
「まぁ、意外ですわね。 でも、ごめんなさい。 何を囁いたかは秘密ですわ。
だって……人に聞かれるのはちょっと恥ずかしいのですもの」
とびっきりの美女から頬を染めつつそういわれて、気を悪くする男はまず少ない。
――だいぶいい女になりましたね。 あと一息でしょうか。
自らが育てたアデリアという少女が、そろそろ大人の女にかわりつつある。
そんな予感をおぼえ、クーデルスは満足げに微笑むのであった。
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