第一八六話 黄天と蒼天が疾駆する地平『三重窮地の計』その一

 攻城戦一〇日目は官軍と黄巾賊は睨み合ったまま、一日を終えた。


――攻城戦一一日目。

 

 うしの刻の終刻(午前三時)に策を実行する。


 私は今、西方へと移動し急造させたやぐらから下曲陽かきょくよう城の様子を伺う。ちなみに背後には沮授そじゅがいる。


 目を凝らすと、城壁の上に灯火を持った黄巾賊――いわゆる見張りがいる……ような気がする。遠すぎて分からない。


 双眼鏡が欲しいと思う今日この頃。


 私は背後にいる沮授の方を向く。


「そろそろ、将軍達が動きだしますね。わたくしたちが動き出すのは黄巾賊が将軍達に攻撃を仕掛けようとしたときですよ」


 彼は真剣な面持ちで方針を語っていた。将軍というのはもちろん盧植ろしょく皇甫嵩こうほすうのことだ。


「黄巾賊が思惑通り動いてくれると助かりますが……」


 私は口を噤む。将軍と私達が同時に動けば黄巾賊からすれば挟撃される危険性があり、そんな状況で動かないことはないと思った。


「動かなくても私達の策に嵌まることには変わりないですからね。元より、それも計略の一つです」


「それもそうですね」


 私が沮授に応じた次の瞬間、遠方から太鼓を叩く音が聞こえてきた。その音は次第に大きくなると共に数多の足音が耳に届く。


 私は沮授と顔を見合わせて頷く。


 盧植と皇甫嵩率いる大軍が動いた合図だ。そしてその動きは、黄巾賊からすれば不可思議なはずだ。何故なら、大軍は下曲陽城に向かわず、下曲陽の西側から真っすぐ北に向かっているはずだ。


「黄巾賊の動きを探ってきてださい!」


 私は櫓から顔を出して下方に向かって大声を出した。 あらかじめ櫓の周りには兵を待機させてる。

 

「分かりました!」


 兵士がそう言った後、馬の蹄を鳴らして去った。その後、私と沮授は櫓から下りて、いつでも出立できるように馬に乗る。


 黄巾の乱勃発から早五ヶ月。


 季節は身も凍えるような冬から夏に差し掛かった。


 また冬に入ってしまえば河川が凍ったり、大雪でいくさすらできなくなる。その前にこの戦いを終わらそう。率いてきた仲間とこの地に住む民のためにも。


 それと漢王朝から何かしらの褒美を貰うためにも。当然、それが一番の目的ではある。この乱世で理想の世を実現するためには手っ取り早く地位と領土を得なければならない。

 

 黄巾賊との決戦に意気込み、これまでの出来事に思いを馳せていると、偵察に行かせた兵の一人がこちらへと駆け寄りながら、声を出す。


「黄巾賊は西門及び北門から飛び出し、将軍達の動きを窺ったあと、下曲陽城の北方を横切る川に将軍達が差し掛かった瞬間、慌ただしく陣形を組み始めました!」


「陣形の形はなんですか!」


「ええっと、二列目より一列目の人数が少ない陣……えっと伝わりますかね……なんか攻撃的な陣……みたいな?」


 兵士は困り顔で説明してくれた。曖昧な説明だがどんな陣を組んでいるかは分かった。


「「牡陣ぼうじん!」」


 私と沮授は同時に口を開く。牡陣は敵を突き崩す形となっている陣だ。つまり、黄巾賊は将軍達に攻撃を仕掛ける気満々だという証拠でもある。


「君は偵察に行かせた他の兵を呼び戻してください、策を実行します」


「はい!」


 兵士は身を翻し、去って行った。

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