第一二九話 前線にいない兵の役割

 満足に右腕と右脚を動かせない私は盧植ろしょくがいる幕舎で彼の属官と共に手紙に目を通していた。


 相変わらず首からぶら下げた三角巾に右腕を通している状態だ。


 今、私は盧植と同じく黄巾賊討伐の軍を率いている皇甫嵩こうほすう朱儁しゅしゅん、そして朝廷からの手紙等を読んで概要を盧植に伝えていた。手紙の内容は大体、現状報告だ。


 どこもかしこも戦況が変化しており、随時手紙が届くので時系列順に手紙を並べて内容をまとめる必要がある。


 眉間に皺を寄せながら手紙を読んでいると外から「おおおおお」という盛り上がっているような声が聞こえてくる。


「なんだろう」


 私は幕舎の外に出て、さらに陣中から出る。


「あれは雲梯うんていか」


 陣を構える軍の前方へと移動する攻城兵器――雲梯が何十台もあった。


 雲梯というのは兵士を城壁内に送り込ませるための兵器だ。構造は台車の上に折りたたみ式の梯子を搭載したものであり、梯子を城壁のうえにかけて、その上を兵士に歩かせて城の中に突入させる兵器である。


 この前、盧植は敵が籠城しているこの状況を打破する策を用意しているといった。それがこの雲梯だ。


 基本的に攻城兵器はばらばらの部品状態で運ばれ戦場近くで組み立てられる。


「体の調子はどうかの?」


 移動している雲梯を見ていると盧植が話しかけてくれた。


 私は頭を下げて軽い会釈をする。


「お疲れ様です、先生。腕を満足に動かせませんが普通に歩ける程度にはなりました」


「ふむ、やはりまだ戦える状況ではないか。だができることはやってもらうぞ」


「はい!」


 戦いにおいて戦わない兵士にも様々な役割がある。さっきまでの私のように事務作業をやるのは稀だが、従軍する兵士が一万人いるとすればそのうち三割程度が非戦闘員にもなり得る。兵糧の運搬にあたる者、騎兵の替え馬を引く者、さらに鍛冶職人、甲冑職人、医師、占い師なども同行させられることが十分考えられる。


 それから私は攻城戦に参加する仲間達の背中を見送った。


「さて夜にそなえて寝るか」


 私は右腕が動かない状態なので夜間の見張りを任せられていた。


 質素な幕舎の中にあるがまで編んだむしろで雑魚寝し目を閉じる。


「…………」


 ついつい耳に神経を集中させてしまう。


 戦場がどうなっているか気になっていた。


 ――――二日後。


 戦況は優勢と聞いたが、敵はただ黙って攻められているわけではなく必死の抵抗をしているとのこと。


 張角ちょうかく率いる黄巾賊は雲梯で城壁上に取り付こうとする兵に対して石や丸太を落としていた。


 城郭を突破するのは容易ではなく、多大な犠牲が不可避だ。


 再び私は戦場へと向かう仲間達の背中を見送ったあと、今日は盧植のいる幕舎へと向かった。


 何故なら、昨日、朝廷から使者が派遣されたので盧植と共に対応することにした。


 私は急ぎ足で幕舎に入った。


「朝廷からきた左豊さほうと申します。手紙で幾度かやり取りしましたな」


「遠路はるばるからよくぞ来てくださった。盧中郎将ろちゅうろうじょうと申す」


 盧植と朝廷の使者である左豊が向かい合って話していた。


「此度は皇帝陛下から貴方と戦況の状況を偵察するように言われましたが、いかがでしょうか?」


「上々といったところかのう。そもそも広宗こうそうにいる賊はわしらが追い込んだあとである。このままじわじわと攻めれば敵は耐えきれまい。その証拠に雲梯を使って敵を攻めてからは降伏する賊が次々と現れている」


 盧植は淡々と事実を語る。


「そうですか……では」


 左豊は右手のひらを上向きにしてみせた。


「なにかねその手は」


 盧植は冷ややかな目を左豊に向けた。


「分かっているくせに、皇帝陛下に今の話に色を付けるので袖の下を渡してもらえるかな」


 相手は賄賂を要求していた。


 くっ、私が欲しいぐらいだ!


 じゃなくて。


 間違いない。この左豊こそが盧植に賄賂を要求し、断られたことを恨み、皇帝に盧植のことを讒言ざんげんする男だ。

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