第一四〇話 驚異的な反射速度と判断力 田豫、呼雪対徐晃

 私は徐晃に向かって走る。一方、徐晃は微動だにしていなかった。


 攻撃を受けるつもりなのだろう。


「制限解除……万全状態」


 筋力の出力を二倍にしつつ、ある程度、視覚認知能力にも気を配る状態になった私は徐晃に向かって刀を切り上げる。対して、徐晃は大斧を両手で持って柄で刀を薙ぎ払おうとするが、私は寸前のところで刀を止めて後ろへと跳ぶ。


「まともに戦う気はないということか」


「…………」


 私は口を噤んだ。だが何も言わないということは徐晃の言葉を肯定したということでもある。


 今の状態で打ち合っても力負けしてしまう。私は回避と防御に専念する。


「ではこちらから行こう」


 徐晃は一歩踏み出し、大斧を小ぶりに振ってくる。


「ぐぅ!」


 私は唸りながら、刀で大斧を受け止めると衝撃に耐えきれず体一つ分後方に飛ばされてしまう。間髪入れずに徐晃は大斧を左右に振ってきており、私は攻撃を受け止め続けた。


「はぁっ! はぁっ!」


 呼吸する暇さえない。


 何度も何度も後方に飛ばされながら徐晃の猛攻を受け続けた。


 徐晃の一〇合目を受けた瞬間、矢が徐晃の方へと飛んでいく。呼雪こせつの援護射撃だ。


「っ!」


 徐晃は顔をしかめながら、後方へと飛ぶ。一本の矢は徐晃が元いた場所に刺さるが、二本目の矢は地面に着地した徐晃の後を追う。


「むん!」


 徐晃はその場で一回転して大斧を振り回すことで二本目の矢を弾き飛ばした。


「そこだ!」


 私は徐晃が大斧を振り終わった隙を狙って、前進し、突きを繰り出した。しかし、徐晃は大斧を手放して腕立て伏せの要領でうつ伏せになり、突きを避けた。


 だが好機!


 私はそのまま刀を振り下ろす、さらに呼雪は三本目の矢を徐晃に飛ばしていた。しかし、徐晃はそのまま地面を転がりながら斧を手に取って立ちあがる。私の攻撃と呼雪の射撃は空振りに終わった。


「相変わらず、素早いですね」


「貴殿相手に距離を詰められれば何をされるか分からんからな……」


 私と徐晃は間合いをとりながら旋回する。旋回しながら呼雪の方向を見ると彼女はいつでも矢を放てる準備を馬上からしていた。険しい表情をしている。徐晃もチラッと呼雪の様子を確認し、警戒を怠らないようにしている様子だった。


「!」


 呼雪が騎馬異民族特有の構え――弓に矢を番えるだけではなく引き手(弓を引っ張る手)に複数の矢を持もっていた。連射する気だ。


 どうする? 呼雪の攻撃を待ってから攻撃するか? それとも流れ矢に当たるのを覚悟で突っ込むか?


 いや、徐晃は安全策で勝てる相手じゃない。


せつ! 頼むぞ!」


 叫ぶと呼雪は体をビクッとさせた気がした。


 とにかく私は呼雪の腕を信じて徐晃の方へと向かった。


「笑止!」


 徐晃は大斧を左から右へと振るう。私は刀を縦に構えて全力で大斧を受け止める。


「ぐぅぅぅ、ああっ‼」


 私は怒気を放ちながら吹っ飛ばされないように足腰を踏ん張る。


 そして、呼雪のよる矢の連射が始まった。


 一、二、三、四本の矢が矢継ぎ早に飛んでくる。徐晃は大斧を手元に戻し矢を弾こうとする。


「させるか!」


 私はなんとか足を踏み込んで徐晃に斬り込む。徐晃から見て左側に矢、右側に刀が向かってきており、防御は不可能なはずなのだが。


「甘い」


 徐晃は大斧を横に向け、柄の真ん中辺りを両手で持ち、飛んでくる矢に対しては刃を、私の刀に対しては下方の柄をぶつけて弾いた。


 私はすかざす体を捻って横薙ぎによる二撃目を繰り出す。そして二本目の矢もすぐに徐晃に迫っていた。

 

「!」


 徐晃は瞠目しつつ、今度は大斧を半時計回りに一八〇度振り回して、矢に対しては下方の柄を、私の刀に対しては刃をぶつけた。


 なんだこの反射速度と判断力は⁉


 私の三撃目と呼雪の三本目の矢に対して徐晃は斧を通常の持ち方に戻して矢を弾いてから私の攻撃を難無く受け止めた。


 徐晃の攻撃をまともに受け続けたことによって私の手が痺れてしまい、私は矢と同時に攻撃ができなかったのだ。


「くっ!」


 私は徐晃との鍔迫り合いで押されそうになるが、飛んでくる四本目の矢のおかげで徐晃は後方へと跳んだ。


「はぁはぁ……」


 私はこめかみから垂れる汗を手の甲で拭った。


 異常な強さだ。呼雪の方を確認すると彼女は下唇を噛んでいた。


 逃げるか? だが追いつかれて斬られるのがオチだ。


 打つ手がなくなったわけじゃないが、今の状態なら呼雪を逃す時間稼ぎぐらいはできるだろう……もはや自分の命を投げ捨てて他者を守る局面なのかもしれない。このままだと共倒れだ。クソッ……転生して一四年か。短くも濃かったような気がする。

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