第一四一話 阿吽の呼吸 田豫、呼雪、呼銀対徐晃

 呼雪こせつが援護射撃をしても徐晃じょこうから隙を見出せないどころか追い詰められる始末だ。


「貴殿の顔を見れば分かる……闘志は失せたように見える」


 徐晃は私の心境を言い当てた。まさに徐晃を倒してこの場を切り抜けることから命を賭けて呼雪を逃すことを考えてる最中だ。


 正直、手札を全部切ったわけではない。例えば、今の状態から全身の筋肉の出力を三倍の状態にしつつ呼雪に連射してもらう展開にすることだってできる。だが、それでも徐晃に傷すら負わせられなかった場合、私は疲労困憊に陥り、呼雪を逃すことはできなくなる。


「仕方ない」


 私は呼雪の下へと走り、逃げろと伝えようとしたとき、


「助太刀にきたぜ!」


 騎乗した呼銀こぎんが頭上で斧を振り回しながらやってきた。


「それは楊奉ようほう殿の武器!」


 徐晃は珍しく大きな声を上げた。彼の言う通り呼銀が持っているのは楊奉が持っていた武器だ。


「せいっ!」


 呼銀は私の横を通りすぎ、徐晃に向かって斧を振り下ろす。対する、徐晃は左に構えた大斧を振り上げる。


「なっ⁉ ぐっ!」


 呼銀は衝撃に耐えきれず吹っ飛ばされて馬から落ちる。その後、彼は後方に三回バク転して徐晃と距離を取る。右手に斧を持っていたので、片手でバク転していた。


 呼銀が乗っていた馬は主の下へと独りでに戻った。また、私も呼銀のところへ移動していた。


「呼銀大丈夫ですか⁉」


「あいつやばいな……まともに打ち合ってたら勝てない」


 徐晃の一振りで実力を見抜いた呼銀は慧眼けいがんだと思った。


「楊奉は討ち取ったのですか?」


 私は気になったことを聞く。


「いや気絶させただけだ。嫌な予感したからさっさとこっちにやって来たが……嫌な予感は当たるもんだね……やになっちゃうな」


 呼銀は自嘲気味に笑う。次いで彼は二の句を継ぐ。


「俺が持っていた武器は折られちゃってさ、楊奉ってやつのを奪ったんだ。あいつの最後の一振りで曲刀が折れたんだけど、咄嗟に馬の前足を上げてあいつが乗っている馬をびびらしたんだよ。そしたら見事に相手が馬から落ちて、そのままおねんねしてくれたってわけ」


 手短に楊奉との一騎打ちについて教えてくれた。


「話は終わりか?」


 前方にいる徐晃が問いかけてくる。ちなみに私達の後方には弓を構えた呼雪がいる。


せつ‼」


 呼銀は背後を振り返らず大声を出す。


「何⁉」


 呼雪も負けじと声を出す。


「いつもの連携で行くぞ! 遠慮せずに撃て!」


「分かった!」


 この兄妹けいまいには常人にはできない戦法を有している。


「ということで田豫も分かってるよな」


「分かってますよ。呼銀とせつは相手の正面で戦うので私は側面や背後から斬りかかれということですね」


「へへっ……分かってるならいいんだ」


 口端を吊り上げる呼銀。


「合図をくれ」


「…………」


 呼銀の言葉に無言で頷く。


 私は徐晃の様子を確認する。相手は両手に持った大斧を構えており、隙がない。


 おそらく、これ以上、待っていても徐晃の体勢は変わらない。


「行きます!」


「おうよ!」


 私と呼銀は駆け出す。呼銀は徐晃の正面へと向かい、間合いに入ると呼銀は上半身を折りたたむように前に倒す。


「っ⁉」


 徐晃は思わず息を吐く。呼銀の上半身があった位置から矢が飛んできたのだ。徐晃は慌てて首を横に逸らすがやじりが頬を掠めた。


「せいっ!」


 さらに呼銀が徐晃の腹部に斧を振るう。それに続くように私は徐晃の横手から刀を突き出す。


「ふんっ! はっ!」


 徐晃は一振りで呼銀と私の攻撃を弾くが声色から焦りの色を感じた。


「うらっ!」


 その後、呼銀は体勢を崩しながらも真上に向かって跳ぶと、


「またか!」


 呼銀の足元から矢が飛び出して来た。徐晃は横跳びして矢を避ける。


 これが呼銀と呼雪の為せる技だ。軽口を叩き合っている兄妹けいまいだが、呼銀は呼雪の放つ矢を体で隠し、自身に当たる寸前で回避することで真正面にいる敵に矢を当てようという魂胆だ。まさに阿吽あうんの呼吸。


「「はっ‼」」


 横跳びしたあとの徐晃に向かって私と呼銀は斬りかかる。徐晃は大斧を切り返して、また一振りで私達の攻撃は弾く。


 徐晃は後退しながら戦っていた。三人ならば、もしかしたら徐晃の隙をつくことができるかもしれない。


「行くぞ田豫でんよ!」


「ええ!」


 私達は意気込みながら徐晃に斬りかかった。

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