第一五七話 もう一段階上の状態に、一騎当千への一歩

 私の直刀によって鎌を吹っ飛ばされた左校さこうは飛び込み前転をしつつ、鎌を手に取り、すぐさま私の方を振り向いた。背後から斬られるのを警戒したに違いない。


 一方、私は相手を追うことはなく、肩の力を抜き、両手で柄を握っていた。


「何やってんだ、てめえ。今、俺を斬る絶好の機会だったろ」


 得物を持った左校は眉をしかめた。


「もうその必要は……ねえ」


「あ?」


 私――俺は俯いて全身の神経と筋肉に気を配っており、自然と口調が荒くなっていた。筋肉の出力を三倍にし、いつも通り興奮状態となっていたが今はそれだけじゃない。視覚認知能力をさらに向上させていた。


 俺はいつの間にか万全状態(筋力の出力二倍、若干の視覚認知能力向上)をさらに強化することができるようになっていた。

 

 激戦を経る度に傷付いた筋繊維が回復したり、神経を酷使したことによって反射神経・反応速度が向上したことが起因だと思われる。


 筋力の出力三倍は以前からできていたが、以前より筋繊維が傷付きにくい状態になっていた。


「その必要はねえってどういうことだ! 舐めてんのか!」


 急に俺の態度が変わったのが気に入らないのか、左校は怒気を放っていた。


「違う、あんたは俺にはもう勝てないからだ。わざわざ背中を追うことはない」


 俯きながら相手に応じた。


「無様にこかされたくせに何言ってやがる」


「さっきより一段階、俺は進化した。今の状態を名付けるなら万全状態・第二段階って言ったところか」


 目をカッと見開き、左校に向かって駆け出し、半身を左に捻って刀を横向きに持つ。相対する左校は鎌を顔の前で構えながら俺を待っていた。


 俺は体の捻りを戻して左校の顔面に剣を叩きつけようとする。相変わらず相手は刀の先に鎌をぶつけようとしてきたが、


「ん、なっ⁉」


 鎌は大きく横に弾かれてしまい、左校はよろめく。その瞬間に私は相手との距離をさらに詰める。


「ま、待て!」


 直刀を返して首を横一文字に斬ろうとしたが、狼狽うろたえた左校はスッ転んでしまった。振るった得物は風を切る音を立てた。


 左校は鎌を持っていない左手を床について、立ち上がるが、すでに俺は奴の眼前に迫っていた。


「くそがあああ!」


 左校はこめかみに青筋を立て、


「はああああ!」


 俺は気合を吐き、互いに得物を振るった。


 左校が斜め上から振るった鎌を横に弾くと、彼はその反動を利用し、体の横で半円を描きながら足元を斬りつけようとしてくるが、それすらも俺は横に弾く。その後、再び、反動を利用した左校はその場で回転しながら俺の頭を狩ろうとするが――


「――ぐああああああああっ!」


 鎌が俺の頭に到達する前に、直刀で左校の胸元から腹部まで縦一文字で抉った。左校は絶叫しながら両膝をつき、胸元から流れるおびただしい量の血で床を汚していた。


「終わりだ、左校、言い残すことはあるか」


 俺は一応、刀の先がギリギリ届く範囲まで下がった。


「み、見逃し……てくれ……」


 左校は声を震わせながら両手で傷を押さえていた。


「その傷じゃ、あんたは助からねえよ、楽になるか苦しんで死ぬか選べ。当然、前者がオススメだ。あえて後者を選びたいなら好きに選べよ、まあ俺が逆の立場なら圧倒的に楽にして欲しいけどな」


 俺は思ったことをスラスラと喋った。興奮状態になるといつもこうだ。


「このまま……ほっといてくれ……」


「分かった……ふぅ……」


 俺は息を吐きながら万全状態・第二段階から通常の状態へと戻ろうとしていた。


 そして、俺が背を向けた瞬間、左校は気力を振り絞って立ち上がって動いたのが分かった。


「このガキがああああああ!」


 いたちの最後っ屁でも言うのだろうか、奴は鎌を投げつけようとしていたが、


「は……?」


 奴は鎌を振るうことなく前のめりで素っ頓狂な声を上げて倒れた。俺は背中を向けたまま持っている直刀を横向きに後ろへと投げ、その刀が左校の腹部に刺さったからだ。


「これで終わった……はぁ、手強かった……」


 黄巾賊の大方だいほう(太平道たいへおどうの役職)の一人は散った。大方は幹部には違いないので、大手柄に違いな――


「誰か来る‼」


 ――安堵したのも束の間、この部屋に繋がる壁穴から誰かが来る気配がした。

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