第一五八話 超大物がきちゃったよ

 左校さこうとの一騎打ちを終えたのも束の間、誰かがこの屋上にある隠し部屋に近づいてきた。


 一瞬、新手の敵かと思ったが、すでにこの城は盧植ろしょく軍と朱儁しゅしゅん軍が派遣した部隊によって征圧されている。大方、隠し部屋を見つけた仲間に違いない。


「でも、念の為に」


 私は息絶えた左校さこうを仰向けにして、黄色い頭巾を剥ぎ取る。もし黄巾賊がきたならこの頭巾を使って仲間のフリをすればよい。張白騎ちょうはくきを討ち取ったときのように騙し討ちをしよう。左校の死体を見られたらすぐにバレるが一瞬だけ相手の気を引けばいい。


 次いで、遺体の腹部に刺さった愛刀を右手で抜き、左手に頭巾を持ったまま誰かくるであろう壁穴に向かって歩を進めた。


 穴の奥から人影が見えた瞬間、それは全力で突進してくる猪のように飛び出してきた。


 私は思わず、腰を踏ん張って身構えてしまった。


 穴から飛び出してきた人物は床に降り立つと鋭い眼光で私を見据えた。そして、その者と目が合った私は大きく目を見開いた。心臓の鼓動が速くなる。この緊張感は徐晃じょこう以来だ。


 その者――彼は赤い頭巾を被り、どちらかと言えば悪人顔ではあるが、凛々しい雰囲気だ。赤い外套が付いた戦袍せんぽう(鎧の上に着る衣服)を身に付けていた。また、左腰には赤い鞘に納まった柳葉刀りょうようとうを吊り下げていた。柳葉刀というのは片刃で湾曲した武器だ。さらに幅広の刀身による重量で威力を発揮する。


「まさかこんな所に隠し部屋があったとは! そしてお前、黄巾賊か」


「え、いや違います!」


 太平道たいへいどうの人を黄巾賊呼ばわりしているので味方側の人間だろう。


「その左手に持ってる黄色い頭巾は黄巾賊である証拠ッ!」


「それはその男から剥ぎ取った者です! その男こそ、この城にいた黄巾賊の指揮官です!」


 私は前を向いたまま、背後にある遺体に向かって指を差した。


「証明はできるか?」


「………えっと」


「死んでいる者が官軍でお前が黄巾賊だッ」


 黄色い頭巾を剥したのが裏目に出ちゃった。


「信じてください。敵の指揮官はこの部屋で私達がくるまでやり過ごそうとしてたんです。仮に私がその黄巾賊の指揮官なら若すぎます」


「笑止! 盧中郎将ろちゅうろうしょうの下には『黄巾殺し』の異名を持つ少年がいる。何事にも例外はある!」


 いや、それ私だから。


 困惑しつつ場を切り抜ける言葉を考えようとしていると、


「あいにく、俺は武器で語り合うのが趣味なんでな」


 そう言いながら男は腰の柳葉刀を抜刀した。


 待て待て! 落ち着いてくれ!


 この人と戦いたくないんだけど。


「行くぞッ! 朱儁しゅしゅん麾下きか別部司馬べつぶしば(独立部隊の指揮官)! 孫文台そんぶんだいが参る!」


「冗談じゃない! なんでこんなことに!」


 孫文台――せいそん、名はけんあざな文台ぶんだいだ。孫堅は三国志で最も有名な人物の一人だ。彼は、言わずとれた呉国を築いた孫権そんけん、その呉国の礎を築いた孫権の兄である孫策そんさくらの父親だ。


 孫堅は中国南東にある地方である揚州ようしゅう呉郡ごぐん富春ふしゅん県出身であり富春県は呉郡の最南端に位置している。この一帯は、漢民族進出の最先端で、未開発の地が近隣にある。開拓地に生まれたが故に孫堅は荒々しい気質を持っているのかもしれない。そして彼がここにいるのはおかしな話でない、今言った通り、今の孫堅は朱儁と共に行動している。


 彼も一騎当千の実力者の一人だが……徐晃じょこうのときと訳が違う。


 今の徐晃じょこう関羽かんう張飛ちょうひ趙雲ちょううんは一〇代から二〇代の若者だ。戦闘能力は発展途上にある。しかし、今目の前にいる孫堅は三〇歳だ。すでに完成された戦闘能力を誇る。


 まさかこんなとこで彼と出くわすとは思わなかった。これは三国志マニアとして興奮すべき出来事なのかもしれないが。彼が斬りかかってくることに関しては最悪だ。

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