第一五六話 力と速さに渡り合う技量と胆力 田豫対左校

 特有の状態――万全状態(筋力の出力二倍及び若干、視覚認知能力の向上)となった私は左校さこう袈裟斬けさぎりを仕掛けた。


 相対する左校は絶妙な間合いを取り、右手で持っている鎌の背で私の直刀を振り払おうとするが、


「ぬぬぬっ!」


 私の刀を振り払えず、得物を押し合っていた。


「いきなり力が強くなりやがった……! ぐぅ!」


 左校は唸りながら、私の刀を体の外側へと逸らしつつ、後方へと大きく一歩下がろうとする。その動きを捉えた私は、右足を使い、相手の横へと跳び、


「はっ!」


 刀を横に振るい、左校の腹部を斬ろうとした。対する左校はたたらを踏みながら後ろへと下がる。


「くっ……」


 彼は苦し気な声を出す。私が振るった刀は左校の着ている黄色の長袍ちょうほうを横一文字に裂いており、出血している様子が見て取れた。致命傷ではない、かろうじて刃先が当たった程度だ。


「力だけじゃない、いきなり動きが速くなりやがった……これが『黄巾殺し』の実力ってわけか」


 左校は苦虫を噛み潰したような顔をしたあと、大きく息を吸う。私が怪訝そうな顔をしていると彼は大きく口を空けた。


「はああああああああああああああああああああああああああ!」


「なっ?」


 耳をつんざくような馬鹿デカい声を出しやがった。


「よしよし、ここからが本番だ!」


 彼は意気揚々と私に迫ってきていた。気合を入れ直したのだろうか。だが、彼の繊細な戦い方からして、無謀に突っ込んでくるわけではないと思う。


「望むところです」


 私は間合いに入った左校に逆袈裟斬りを仕掛けた。彼は鎌で私の得物を受け止めるが上方向へと弾かれてしまう。しかし、


「せいっ!」


 彼は鎌を弾かれた勢いを利用して、頭上で円を描くように鎌を回してから私の足元を斬ろうとしていたが、私は刀で横方向に鎌を弾く。


 ――キンッ!


 鋭い金属音が響いたかと思えば左校は横に鎌を弾かれながら、自分自身も横に回転していた。そして、彼はその場で一回転しつつ鎌で私の頭を狩ろうとしていた。


「あっぶ!」


 私は思わず声を漏らしつつ、右手のみで得物を持って、左手で床に手を突いてうつ伏せになることで攻撃を回避した。そのあと追撃がこないように横に転がりながら立ち上がった。


 再び、左校と向き合う形となった。


 やはり、戦い方が上手い。彼は反動を利用して攻撃してきている。技術面で言えば左校の方が何枚も上手だ。


 ただ、力は今の私の方が上だ。そして、視覚認知能力を向上させたことで、相手の動きが捉えやすくなって相手より先回りして動ける。彼が先程、「いきなり動きが速くなりやがった」と言ったのがいい証拠だ。


「!」


 私は瞳孔を開く、再び左校から向かってきていたからだ。短い得物を持っているのにも関わらず攻める手を緩めない胆力、そして力が強い相手と渡り合う技量。彼からは見倣うことが多い。


 そんなことを考えている場合ではないが!


 左校は右手にある鎌を逆手に持ち替えて、私の体を斬りつけようとするが、手元に得物を引っ込めた――フェイントだ。

 

 その手元に目を奪われていた私は、


「うわっ!」


 まんまと相手に足を払われて前のめりに倒れそうになる。その瞬間に左校は間近に距離を詰めてくる。得意の空間把握能力で分かる。私の背後から首を狩ろうとしているんだ。


 そうはさせない――


「――うおおおおおお!」


「何!?」


 私は倒れそうになりながらも身を翻した勢いで直刀に鎌をぶつけた。鎌はあらぬ方向に吹っ飛び、私は尻餅をつく。


「くそう!」


 と、左校は悪態を吐きながら鎌を急いで拾いに行った。


 力も速さもこちらの方が上だが相手は胆力と技量のみで渡り合ってきている。ならば……この戦いで試そうか徐晃じょこうとの戦いを経たことによる進化を。

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