第一五五話 鎌使いの頭目 田豫対左校

 宮殿の隠し部屋――秘密の屋上を発見し、そこには目の前で胡坐あぐら搔いている黄色い鉢巻を身に付け、無精髭を生やした白髪交じりの髪を後頭部に結んだおっさんがいた。着ている長袍ちょうほう(上衣と下衣が一体化した着物)も黄色だった。


 彼は見紛うことなき黄巾賊だ。そして、今まで戦闘経験を積んできた勘からして彼からは強者特有の圧迫感を感じた。


 さっき、空き部屋で見かけた賊はこの城に巣くう黄巾賊の指揮官じゃない。きっと、目の前の彼こそが指揮官だ。


「まさか、この部屋が見つかるとはな!」


 男は立ち上がると背中からある物を右手で取り出した。


「鎌?」


 彼は農民が使ってそうな短い鎌――柄の長さ一尺八寸(約五四センチ)、刃渡り四寸(約一二センチ)の得物――を持っていた。


 日本の武士は予備の武器として鎌を備えたり、枝や草木を狩るのに使うわけだが、鎌を主要武器にするのは珍しい。というかどんな戦い方をするのか知らない。


「君は…この城にいた黄巾賊の指揮官ですね」


「おうそうだ……てめえ……もしや『黄巾殺し』か!」


 やはり彼にも顔がバレていたか。


「はい。私は田豫でんよです。若干一四歳にして盧中郎将ろちゅうろうしょうの一部将になった、あの田豫です」


 私は鼻高々に語ってみせた。気分が良いな。


「鬱陶しい自己紹介しやがって、この大方だいほう(太平道の役職)の左校さこうが同胞達の仇をここで討ってやる!」


 左校か……文献にも僅かに載っていた名前だ。記述としては黄巾賊の首領として知られているぐらいだ。


 そうこうしているうちに左校は駆け出す。三秒もあれば追いつかれてしまう距離だ。すぐに背中の矢筒と腰にぶら下げている矢を、床に落として、抜刀した。


 私も駆け出しながら、直刀を両手で握り、拳を右のこめかみ辺りに置いた。


 私は一瞬の間に思考を回転させる。


 鎌使いと戦うのは初めてだ。だが槍が剣より間合いが取れるので殺し合いにおいては槍が有利なように、鎌を持っている相手より直刀を持っている私の方が有利だ。


 しかしだ。相手はわざわざ鎌を使っているので鎌の扱いに自信があるのだろう。それに私は槍を持った閻柔えんじゅうや黄巾賊相手に勝ったことがある。有利とはいえ油断しない方がいい!


 左校が私の武器の間合いに入ったので直刀で頭を叩き割りにかかった。すると、左校が身を屈みながら鎌の背を振るってくる。


 ――カンッ!


「っ!?」


 私は思わず目を丸くした。彼は懐に潜り込んで、直刀の先端を鎌の背で叩いたのだ。振るおうと思った直刀は傾く。


「おらよ!」


 次いで、左校は鎌を下方に振るって、太腿ふとももを斬りつけようとしてきたが、私は右足を使って彼の横へと跳び、攻撃を回避する。私がすかさず反撃しようとすると、彼は後ろに下がって間合いの外に出た。


 今の一瞬の攻防で相手が長い得物相手の戦い方を熟知していることが分かった。


 基本的に長物の方が有利だが。不利な点もある。例えば、薙刀や槍は刀身の先端から柄を持っている手前の方の手の半分までの間は力が入りきっていない。これは長物の特性であり不利点だ。


 私の直刀は長物ではないが力が入っていない先端を叩かれてしまった。これは長物に対する常套手段だ。


 左校は私を睨みながら、


「てめえ、色々なんか考えてるな……」


 そう言って、右手に持った鎌を前に突き出した。口調こそ荒いが彼の戦い方は繊細だ。そういえば大方だいほうと一騎打ちするのは初めてかもしれない。


 討ち取ってきた小方しょうほう張白騎ちょうはくき張速影ちょうそくえい張雷公ちょうらいこうとは一線を画す実力者ってわけだ。


「ふう……万全状態……!」


 私は息を吐いて筋力の出力を二倍、視覚認知能力を若干向上させた状態になった。


「いくか」


「お、雰囲気が変わりやがったな」


 左校は私が強くなったことを感じとっているのかもしれない。彼は眉間にしわを寄せて、私を鋭い目付きで見ていた。

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