第一五二話 私と田疇は気付かない間に変化しているのかもしれない

 私こと田豫でんよ田疇でんちゅうはそれぞれ、前にいる黄巾賊相手に斬りかかる。


 私は直刀を両手で持ち、相対する賊は剣を横薙ぎに振るうが、


「制限解除!」


 私は筋力の出力を二倍の状態にし、横薙ぎをし返す。賊は「は!?」と驚嘆し、腕ごと得物を横に弾かれてしまう。空いた懐に飛び込んで直刀を切り返し腹部を深々とえぐってやった。


 腹を斬られた賊がお腹を抱えるように倒れると同時に、左側から別の賊が槍を突き出してくる。視界の端ギリギリに敵を視認したが、お得意の空間把握能力で賊が近づいてくるのは分かっていた。


 私は左を見ずに左手のみに直刀を持たせて、槍の柄に得物を叩きつける。すると、槍の穂は地面へと向かっていく。


「なっ⁉」


 賊が驚きの声を上げるのを聞きながら、私は槍の柄を踏みつける。それと同時に上手投げで直刀を相手の首に刺す。賊は声を上げる暇もなく絶命した。


 私は即座に武器を回収して田疇の方を振り向く。


 田疇は相対する相手の視界から消えるようにしゃがみ、


「ここだ!」


 相手が標的を一瞬、見失う隙を見逃さなかった田疇は飛び出しながら相手の胸部に剣を突き刺した。


田疇でんちゅうつかぬことをお伺いしますが、戦い方変わりました?」


 彼は突き刺した剣を抜きながら私に応じる。


「今、盧植の下にいる徐晃じょこうと戦って以来、今までの戦い方では駄目だと思ったんだ。すぐに身体能力を上げれるわけじゃないし、相手の意表を突いた技――妙技を磨いている」


「そういえば前にもそんなことを言ってましたね」


 私は徐晃との一騎打ちで負けた後、同じく徐晃に敗北した田疇が言ったことを思い出した。


『あいつとの戦いで自分に足りないものが分かった』


 田疇は何が足りてないかこそ言わなかったが、まさか妙技だったとは。田疇らしくなかったので意外だ。だがこれはいい傾向なのかもしれない、従来の歴史なら田疇は徐晃と戦うことなんてなかったはずだ。しかし、彼との一騎打ちを機に田疇は武芸に傾倒するのかもしれない。


 本来ならば彼は皇族の一人である劉虞りゅうぐに仕え、劉虞亡き後は二君に使えることなく、北方で独自の理想郷を築いた高潔な男だ。そんな彼が敵の意表を突く技を考えるとは。幼馴染としてよりかは彼が文献の記述からどう変化していくかが楽しみだ。


「何笑ってるんだ。戦場だぞ」


 私がニヤニヤしながら田疇を見ていたので咎められてしまった。久々に三国志マニアとしての喜びを露わにしてしまった。真の田疇ファンなら「そんなの田疇じゃないわよ!」「田疇はそんなことしない」とか言いそうだが。


 しかし、戦場なのでさすがにいつまでもこんなことを考えてられない。


「田疇! ボサッとしてないで仲間を助けますよ!」


「ボサッとしてたのはお前だ!」


 私は軽口を叩き合いながら前方にいる仲間の下へと駆け出す。彼らは石造りの街路の上で黄巾賊と交戦していた。


 依然、私は抜刀したままで筋力の出力を二倍にした状態だ。


「こ、黄巾殺しが来たぞ!」


 黄巾賊の一人が私の姿を視認し、叫んでいた。


 前方の街路の上には味方と黄巾賊が八人ずついた。私と田疇が加わると不利になると思った賊は後退していた。


「万全状態……!」


 私は筋力の出力を二倍にした状態で視覚認知能力を若干、向上させた。徐晃との戦いで多用したこの状態を気に入ってる。相手の動きが少しは遅く見えるうえに力も増す。いいところどりだ。


「お、おい田豫!」


 私は田疇の制止する声を背中越しで聞く。いつの間にか彼を抜き去って走ってたらしい。


田佐軍司馬でんさぐんしば!」


 そして、前方にいた八人の味方も追い抜かした。


「一人で突っ込んできやがったぞ!」


 黄巾賊は嬉々として距離を詰めてくる。

 

 一瞬の間に私は目を忙しなく動かし、敵の配置と武器を確認する。


 敵は前方、斜め右前、斜め左前に二人ずつ、その後方に二人いる。武器に長柄のものはなく、刀剣の類だ。


まずは前方にいる二人が左右から斬り込んできた。


「見切ったぁ!」


 私は中腰になって、刃を回避する。頭上で刃風がブンッとうなるのを聞いてから私は一人の足を全力で払った。


「ぐあああっ!」


 相手は絶叫し、倒れた。そして、足を払われてない方の賊が気合を吐きながら、得物を切り返してきたが私は直刀で刃を受け止めて、横へと受け流し、


「ぐうぇ!?」


 頭に刀を打ち込んで絶命させた。


 倒れた賊は立ち上がるも私に背中を見せて逃げてしまった。しかも、両刃の剣を置いていった。


「ちょうどいい」


 私は両刃の剣を左手に、愛刀を右手に持った。その頃には斜め右前と斜め左前にいた賊四人が同時に襲いかかってきた。


 私は後ろに跳びながら、両刃の剣を乱回転させるように横投げする。


「ぐえ!」「ぐあっ!」


 致命傷ではないが左側にいた賊二人が首に切り傷を負って呻き声を上げてうずくまっていた。


 そして、地面に着地すると同時に右側にいる賊に前傾姿勢で突っ込む。


「これが『黄巾殺し』の実力……‼」


「驚いている場合じゃないぞ!」


 二人の賊は目を丸くしながら私を待ち構えていた。


 私はまず一人の賊と刃をぶつけ合うが、急に力を抜く。


「うわっ!」


 相手は前のめりに倒れるので、一歩後ろに下がってから素早く喉を一突きした。その間にもう一人の賊が私の頭に得物を振り下ろそうとしているのが分かった。


 賊の喉に刺さった愛刀から手を離し、後方に跳んで、振り下ろされる得物を回避した。そしてさらに後方に二回跳びながら腰にぶら下げてる弓と背中の矢筒から矢を手に取る。


穿うがて!」


 私は矢を放つと、頭をカチ割ろうとしてきた賊の額に矢が突き刺さる。


 あと、賊は四人だ。そのうち、首を斬られて蹲った賊二人は苦悶の表情を見せながら立ち上がっていた。


 気付くと田疇含む九人の兵が私の周りに集まっていた。不利になったと思った賊は諦観の表情を見せて武器を捨てていた。


「あの賊達を捕縛してください」


「はい!」


 兵士達は賊四人を麻縄で縛り、その辺に放置した。そして何故か静寂が訪れた。


「どうしたました?」


 口を噤んで私を見る田疇らに問いかけた。


「田豫、以前にも増して動きにキレが出てきたな。ハッキリ言って今の自分では勝てないな」


 田疇は賞賛を口にしていた。どうやら皆、感心して黙っていたようだ。


「そうですか?」


「いや、そうだ。にしても……相変わらず田豫は戦いの最中は手段を選ばないというより小手先のせこい技を使うな。さっきみたいに急に力を抜いて相手を転ばせたりな」


「まあ、ずっとその戦い方でしたし」


 というか言い方悪くない? せこい技って!


「それ自体は悪いことではない、戦い方は変わってないが田豫は内面が変わっている。以前のお前なら八人の敵相手に真正面から突っ込むか? 勝算があってもしないはずだ」


「…………確かに」


 自分では気付かなかったが言われてみればそうだ。以前の私は八人の敵を相手するなら遠くから矢を放ったり、小道に誘い込んで一体一体確実に仕留めたりするはずだ。人に言われてみないと気付かないものだ。

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