第一五三話 大方が見当たらないんですがどこに行った?

 私は田疇でんちゅうを連れて、城内の中心にある宮殿へと駆け出していた。すでにいくさの戦況は決している。私達、盧植ろしょく軍の勝ちだ。


 城内のあちらこちらで戦闘が行われていたが今は時折、得物同士がぶつかり合う金属音が耳に届く程度で黄巾賊の姿を見かけない。東門を攻めて来ていた劉備りゅうびの軍勢もおり、チラホラと顔見知りを見かけた。


「どうした田豫でんよ、急に足を止めて」


 田疇は立ち止まった私を訝しんでいた。


「いえ、張飛ちょうひの声が聞こえたような気がしたんです」


 私は近くにある白塗りされた泥煉瓦造りの建物の裏へと回り、壁越しに様子を確認する。そこでは張飛が黄巾賊の両足を持って、その場を回転していた。


 なんでジャイアントスイングしてんだ。


「オラオラオラァ! お前さんの大将はどこにいやがるんだ‼」


 張飛は回転しながら黄巾賊から手を離すと、遠心力によって黄巾賊は私の横にある壁に激突した。


「う……う……うぅ」


 黄巾賊は呻きながら尻餅をつく。


「お、でんちゃんじゃねえか! それにお前さんは田疇でんちゅうか!」


 張飛は手を大袈裟に振る。


「なんで黄巾賊を振り回してたんですか?」


「拷問してんだ。こいつらの大将の居場所を吐かせるためにな」


 拷問というより暴力では? ……いや、そんなことより今気になることを言ってたな。


「この部隊を率いている大方だいほう(黄巾賊の役職)は宮殿にいると聞きましたよ」


「それが田ちゃんと仲が良い異民族の連中が宮殿に入っていったんだけどな、えっと……南脅迫みなみきょうはく賊だっけ」


南匈奴みなみきょうど族です」


「そう、その南匈奴族が宮殿内に敵の大将が見当たらないと言ってたんだ」


「逃げたんでしょうか……いやそんなはずは……」


 大方が逃走したのなら他の黄巾賊が城内に留まるわけがない。


「田豫、自分らも宮殿に行こう」


「ええ」


 田疇に促され、再び宮殿へと向かった。


 城内にある宮殿は四方を石造りの壁に囲まれ、南側から宮殿に入れるようになっていた。宮殿は二階建てで石や煉瓦などの素材で壁を作っていた。柱、はり、屋根は赤く染められている。小規模ではあるが普遍的な宮殿だ。


 私達は歩を進めて宮殿の中に入ろうとすると呼銀こぎん呼雪こせつら数人の南匈奴みなみきょうど族達が外へと出てきた。


「お、田豫! 困ったことが起きちゃってさ」


 呼銀は困り顔で愛想良く笑っていた。


「大方がいないんですね」


「おうよ……って知ったのかよ」


「さっき張飛から聞きました」


「一応、大体の部屋は見たぜ。大方はいなくて、隠れてる賊がいる程度だったな。俺が見てない部屋は他の奴らに任せてある」


 呼銀から事情を聞いた私は顎に手を当てて考え込む。


 本当に大方がいないのかもしれないので兵をここにつぎ込むのは無駄かもしれない。


「では城内をくまなく探してください。それでいなかったらもう城外に逃げてしまったと判断しましょう。私は念のために宮殿で大方を捜索します」


 私は周囲の者達に指示を下しつつ、田疇と共に宮殿に入った。


 宮殿の一階には多くの兵士達が部屋を出入りしていたので、宮殿に入って真正面にある階段を上がり、二階の吹き抜けの回廊へと到達した。片っ端から戸を開けて部屋の中を捜索することにしたのだが――


「――次で最後の部屋ですね」


「もうこの宮殿には賊がいないようだな……」


 田疇の言葉には溜息が交っていた。


「そうですね、骨董品や貴重品が一つや二つあってもおかしくはないのですが……くっ! 先に入らせた兵達に盗られたかっ……!」


 私は口惜しがって歯軋りをした。


 先に宮殿に入れば良かった。


「……貴重品の話なんかしてないが。そもそも盗られたって言い方はおかしいぞ」


 田疇に尤もなことを言われてしまった。


 そうこうしているうちに、二階の回廊の突き当りにある戸の前へと到達した。

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