第四五話 田豫と仔馬

 今日は私塾しじゅくが休みなので昼から夕飯の買い出しをしていた。


 今、私は県城けんじょうの南にある城門付近にいた。ここでは市場が常設されている。おそらく、人の出入りが多いから城門の近くで商売をしているのだろう。


 私はその日に釣れたらしい生魚とあわを買って、それぞれ、別の麻袋に入れてから南門から県城の外へ出た。


 私の通っている私塾しじゅくは県城を西門から入ってすこし歩いたところにあるので入り組んだ街中を歩くより外回りした方が早く着く。


 西門へと向かっていると長閑のどかな田園地帯が辺り一面に見えた。そして私の進む道の先には


「ヒーン」


 か弱い声を出す仔馬こうまがいた。


「また馬か……迷子かな?」


 とりあえず撫でよう。


 私はそんな衝動に駆られていた。


 仔馬に近づき、屈んで手を伸ばす。

 

「おお、こんな感じなのか」


 仔馬は首の当たりを撫でられているが全く動じずに直立していた。


「ん?」


 私は仔馬の首下に革製の首輪が付いてることに気づいた。


 なんだこれ。飼われている馬かもしれない。

 

 飼い主がいないか辺りを見渡すと農作業をしている男性がちらほらといる。


「すみませーん! この仔馬の飼い主ですか?」


 私は近くにいる農夫に尋ねた。


「この辺に馬飼ってるやつなんかおらんよ! たまに市場に出回るが県令けんれい殿が買い占めよる!」


「そうですか、ありがとうございます」


 私は礼をする。


 県令――つまり、公孫瓚こうそんさんが馬を集めてるらしい。たぶん、兵馬にするつもりなんだろう。


「わしらだって農耕馬が欲しいわ。逆恨みに馬刺しでも食いてえや!」


「お、おう」


 農夫は急に不満をぶちまけてきた。危ない奴だ。


 このままだと仔馬が馬刺しにされそうなので連れて歩くことにした、というかどうやって持っていこうか明らかに仔馬だが足から頭までの高さは私より少し低い程度だ……試しにお腹を抱えてみよう。


「なにこれ、重っ!」


 仔馬のお腹に手を回して持ち上げようとしたが、やはり持つことは不可能だった。少なくとも私には。


「ブルルッ!」


 仔馬は左右に体を振って暴れだすので私は思わず、


「うわっ!」


 尻餅をついた。


 冷静に考えよう。仮にこの馬が公孫家こうそんけの兵馬だったとすれば、訓練はされているはず。歩いてくれるように仕向ける方法があるはずだ。


 馬の生態はよく知らないが、顔の横に位置している両目は広い視野を見渡せるが真後ろは見えない、と前世でテレビを見てたときに知った。


 私は仔馬の横に立ち、


「さぁ、進め!」


 右手で背中を触り、左手で前方を指で差し、前進を促した。


「…………」


 一陣の風が吹く。


 仔馬も私もその場に立ち尽くすだけだった。


 どうすれば良いのだろうか? 普通に後ろから押すとか? 横に立っているから蹴られることはないと思うけど。


「……おお!」


 臀部でんぶ辺りを押して歩くように促すと仔馬は前進した。


 やばいぞ、愛着湧いてきた。


 もちろん持ち主には返すが。


 ――少しして、県城の西門へと到達した。


 やはり、南門同様、人の出入りが多く常設の市場が開かれていた。違う点は少し騒がしいことだ。


 西門を通るとその理由が分かる。


「お上さん、三名だけど席空いてる?」


「ええ空いてますとも」


 門に面している大通りの左右に旗亭きてい(酒場や料亭)が立ち並んでいるからだ。今も三名の男性が女性に案内されてお店の中に入っていった。


「ここもお店なのかな?」


 私は戸が無い石造りの建物の前に掲げてある旗を見て独り言を言う。この旗は酒旗さかばたと呼ばれており、立ち並んでいるお店が旗亭と呼ばれた所以ゆえんにもなっている。


 私は仔馬を押しながら建物を通り過ぎようとするが、


「あっ」


 私は声を漏らす、石造りの建物から未だに私塾の授業に出てこない劉備が現れた。彼は二名の青年を連れ歩いていた。ちなみにその二名も門下生で私塾で話したことはある。


「おお、田豫でんよではないか。その馬は?」


 劉備は私に気づくと、すぐさま口を開いた。


「お会いできて嬉しいです。ええっと迷子にみたいでとりあえず連れ歩いているところです」


「ふむ」


 仔馬に近づく劉備。


「この革製の首輪は確か、公孫家の訓練用の馬に付けられるものに違いない」


「やっぱり、県令けんれい殿の馬でしたか」


 持ち主が見つかってよかった。


 この仔馬を劉備に渡して……いや、待つんだ。これは公孫瓚に近づくチャンスでは? 


 いつも思っていることだがコネクションは大事だ。私の印象も悪くなさそうだし、将来、仕えるような素振りを見せれば私塾に通っている間、何かあったときに助けてもらえるかもしれない、最高だね。


 私はよこしまな気持ちになっていた。

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