第四四話 あっさりと邂逅

 私は辺りを見渡してだんだんと大きくなっている音の出所を探る。


「これは……」


 ドドッ、ドドッと草原を踏みつけているようだ。


 よく顔仁がんじん周琳しゅうりんに乗せてもらったことがあるから分かる――これは馬の足音だ!


「来るっ!」


 小山は駆け上がってくるのはやはり、


「ヒヒーン‼︎」


 栗毛くりげの馬だった。


 その馬は私に気づいたのか、前足を上げ、


「ブヒヒヒンッ‼︎」


 と、いななく。


 なんでこんなところに馬がいるかは分からないけど、明らかに興奮してる。


「に、逃げよう!」


 木にぶら下げた的代わりの丸太に短剣が刺さったままなので、まず得物を回収してから逃げることにした。

 

 私は猛ダッシュして木に近づく!


 すぐに刺さった短剣を引き抜いて定位置である後ろ腰にぶら下げようとするが、


「なんか近づいてきているような」


 馬は私に向かってきていた。


 こんなときに考えることではないが田疇でんちゅうと会ったときは牛に追いかけられたり、杏英あんえいと出会ったときなんて数匹の狼に追いかけられたりと、動物に関しては散々なことが多い。


 私は短剣を手に持ったまま逃げようとすると――


「短剣を捨てよ! その馬は軍馬! そなたが得物を持った故に敵意をあらわにしておるから早く捨てよ!」


 そんな大きな声が耳に届く。男性の声だ。


 私は男の言葉を信じて短剣を地面に投げ捨ててその場から離れる!


 馬は私が元いた場所を駆け抜けていく。


 どうやら、追ってはこないようだ。というかあのまま馬を放っておいていいのだろうか?


「無事か?」


「はい、なんとか無傷です」


 先程、大声を出したであろう人が私の安否を確かめた。


「ふぅ……よかったよかった」


 男性はホッとするように言う。


 男は長い髪を後頭部で結んで垂らしており、服装は灰色の長袍ちょうほう(大袖口の着物)を着ていた。外見から判断するに一〇代後半ぐらいだろうか。


 なんというか公孫瓚こうそうさんも端正な顔立ちしてたけどこの人もわりと整った顔立ちをしている。厳密に言い表すと美丈夫びじょうぶと言うのが正しいのだろうか……なんか腹立ってきた。ずるいぞ! その顔!


「どうした? の顔に何か付いておるか?」


「その、軍馬を放っておいても大丈夫なのかと思いまして」


 私は相手の顔を見てたことによって溢れた殺気を抑え、気にしていることを言った。

 

 実際、軍馬は貴重なものだ。もともと、馬は北方か西方の異民族から供給されている。地理的に考えれば私がいる幽州ゆうしゅうは北方にあるので入手しやすいが、戦場で倒れる馬が多いので絶えず購入しなければ供給が追いつかない。


「一度暴れた馬は自由にさせたほうがよい。無理矢理落ち着かせたら余計に暴れてしまう、と公孫瓚こうそんさんが言ってたような気がするような、しないような……」


 男は尻すぼみに言う。


県令けんれい殿とお知り合いなんですか?」


「ああ。それに、あの馬は公孫家から借りたものだ」


 私達は会話しながら、小山から草原を走っている栗毛の馬を見る。


「もともと、余が落馬したから馬が怯えて暴れた……そなたには悪いことをした」


「いえいえ、僕は無事ですよ。ところで、何をしてたんですか?」


「馬に乗って遊んでただけさ、私塾しじゅくに通うのがかったるいからの。サボってたわけよ」


 この人も門下生だったのか。


 というかサボるなよ、学費の無駄だぞ。


 支援されて貰ったお金をドッグレースに賭けていたから人のことはいえないが。


「そういうそなたはここで何をしておる?」


「私はこれを投げる練習――いわば、投擲とうてきの練習をしてまして」


 私は短剣を見せて説明する。なんか一人で頑張っているのが人にバレると恥ずかしいな。


「子供なのに殊勝しゅしょうだな」


「いえいえ、お褒めに預かり光栄です」


「良かったら見せてくれぬか。剣を振り回したり馬を走らせるのも飽きてきてな」


 なんだこの人、危ない奴だな。


「成功するか分かりませんけどいいですよ」


 私は表向きは快く了承したのちに木から一〇メートル離れる。


 深く深呼吸し、上手で短剣を持つ。


「っ!」


 私は短剣はくるくると縦回転するように投げる!


 短剣は空気抵抗をものともせずに宙を突き進み……トンッ! と的である丸太に突き刺さる!


「おぉ……素晴らしい」


 男は感嘆の声を上げたあと二の句を継ぐ。

 

「そなた、名前はなんという?」


田豫でんよといいます」


「噂の門下生だったか、っと、そろそろ馬を回収せねば」


 男は背を向けて少し離れた場所にいる馬に向かって歩きだす。そして、思い出したように振り向いて口を開く。


「余の名前は劉備りゅうび、字は玄徳げんとく。また会おう」


 そう言って、再び背を向けて歩いていった。私は戸惑いながら「は、はい」と返事をする。


 お前が劉備かよと思ったのは内緒だ。


 というか同じ私塾に通ってるのに会わなすぎだろ、どんだけサボっているんだ。もはや、ニートでは?


 兎にも角にも、ようやく会えた。あれが各地を転々とした流浪の英雄――蜀国の初代皇帝、劉備玄徳。

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