第四三話 私塾に来てからの日課

 私塾しじゅくに来てから一ヶ月が経過した。


 私はある意味充実した日々を送っている。


「はぁ、疲れた……」


 ぼやきながら与えられた部屋の扉を開ける。


 丁度、授業が終わって寮の部屋に戻ってきたところだ。


 疲労の原因はテストだ。ちょうど、一週間前に受けた授業で、


「いきなりだけど一週間後に春秋左氏伝しゅんじゅうさしでんの試験をやりまーす」


「は?」


「えー! 急すぎるだろ!」


「俺は逆にいいぜ」


 と先生が軽い感じでテストを告知して門下生を驚かしていた。当時の私は口を閉じていたが物凄く嫌そうな顔をしてたに違いない。


 私は自室の床に座り、


「そもそも、テスト範囲が広すぎるんだよ」


 麻袋から帳面ちょうめんとして用いている紙を取り出す。そこには私の字で歴史書である春秋左氏伝しゅんじゅうさしでんに記述されている内容の一部を書き写している。

 

 春秋左氏伝しゅんじゅうさしでんは昔あった魯国ろこくという国について記述しているものである。三国志の時代では、軍神と呼ばれた関羽かんう、軍を率いて呉を滅亡させた杜預どよが好んだ書物でもある。


「テストで書けるところは全部書いたし、点数は悪くないだろう」


 と自分に言い聞かせた。


 歴史書から問題を出しているので、当然、出題されるのは暗記問題だ。ただ歴史的な出来事だけではなくその時代の社会制度、文化、風習なども覚えなければならないので時間はいくらあっても足りなかった。


 というか一週間じゃ無理無理、不可能。


「さてと」


 私は気を取り直して立ち上がりストレッチをし始めた。屈伸をしたりアキレス腱を伸ばしたり、両腕を回して肩をほぐしたりと。


 私塾に通ってる身とはいえ、鍛錬を怠って戦場で即死したのでは話にならない。


 ストレッチを終えた私は室内にある木製の箪笥たんすに近づく。

 

 箪笥の構造は下部分に引き出しが三つあり、上部分は両開きとなっている。前者には衣服が入っていて、後者には愛用の弓矢、周琳しゅうりんの物だった短剣、木剣が入っている。

 

 私は箪笥から短剣と薄茶色の羽織はおりを取り出す。短剣はいつも通り後腰うしろごしからぶら下げ、羽織を身にまとって短剣を隠した。短剣を隠すのに大した理由は無い。単に知り合いに「その短剣どうした?」と訊かれることを避けるためだ。


「では、行くとしますか」


 そのあと、私は寮から出てとある場所へと向かった。


 ――ここは涿県たくけんの県城から一里(四〇〇メートル)離れた場所にある小山だ。辺り一面、草原が生えていて目立つのは九・九尺(三メートル)程ある木だけだ。


 身体を鈍らせないため、時間があればここに来ている。


 木の枝には布をくくり付けて丸太をぶら下げており、実家でやってたように丸太を的として短剣を投げたり、矢を放ったりしている。また、木剣の素振りもしている。


 今日は短剣を投げつけにきたので私は木から離れる。前世の単位を用いるならば一〇メートル程度離れている。


 私は中腰で短剣を引き抜き、


「っ!」


 息を吐き出すと同時に下から短剣を投げる! 放たれた物は真っ直ぐ飛んでいき!


 スコッと短剣が的をかすめて地面に落ちていく。当たったようで当たってない。微妙だ。


 才能ないんじゃないのか私――ではなくこの体が。とりあえず全責任をこの田豫でんよボディに擦りつけよう。


 私は短剣を回収し、同じ距離で今度は上手から短剣を投げる! 短剣は先程と同じく無回転で真っ直ぐ飛んでいき!


 丸太に突き刺さった。


「よし、よしよし」


 私は満足そうに頷いた。


 人によると思うが経験上、短剣はアンダースローよりオーバースローの方が投げやすい気がする。

 

 そのあと、私は無回転だけではなく回転投げも織り交ぜて短剣を投げ続けた。


 そして、日が暮れそうになる頃。そろそろ帰るかと考えていると、


「……ん?」


 何かが草原の上を駆けている音が聞こえてきた。

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