第四二話 圧が凄い人

 競争犬は楕円状のコースを駆け抜けていくが一匹だけ逆走していた。


 それを見てドッグレースガチ勢と思われる公孫越こうそんえつの連れが膝を突く。


「どうしてだよおおおおおっ‼︎」


 どうやら彼が賭けていた犬らしい。


 人の事は置いとこう。ほぼ他人だから。


「この勝負、それがしの勝ちかな」


 公孫越はほくそ笑んでいた。先頭を走っているのは公孫越が選んだ犬だったからだ。


 現在、最終コーナー手前の直線。勝負を決めるにはまだまだ早過ぎる。


でんが選んだ犬も中々やるようだ」


「いやぁ、でも公孫殿が選んだ犬には敵いません。さすがです!」


「ふふ、そうであろう」


 負ける気はさらさらないけど相手の気分を良くするために適当に褒めると、案の定、公孫越は調子に乗り出した。勝負はここからだ。


 現在、最終直線! 私が選んだ犬は二着! 一着の犬を追尾している!


 ちなみにゴールには目安として兎を模した白い石像が置いてある。


「もらった!」


 と、公孫越が言った瞬間、私が選んだ細身の犬が跳躍する。前を走っている白い犬を飛び越えて石像を越えていった。


 その光景に人々は息を呑んだ――


「一着は八番の犬となります‼︎」


 静寂を切り裂くように開催人が声を上げると、うおおおおおおお! と観客達は咆哮を上げる。


「むむむ……」


「よしっ、よしっ!」


 悔しがる公孫越と小さくガッツポーズをする私。


 これでお金は私のものだ! グハハハ‼︎


 私は天を見上げて口元をほころばせた。すると、ドッグレースガチ勢の男が立ち上がり、


「こうなることが分かっていたのか? あの犬は獲物を前にすると跳躍する特徴があると、確かに細身だから身軽そうではあるが…………なるほど、極限まで体力を追い込んだ際に引き出された狩猟本能を見抜いたというわけだな」


 と、早口で言う。


 勝手に一人で納得しているので良しとしよう。


 正直、狩猟本能うんぬんの部分は当たっていると思うが。


「いや……たまたまですよ」


 私は謙遜した。


 正直、あそこで跳ぶとは思えなかった。あの犬を選んだ根拠は多少あるが運が良かっただけだ。


「ん?」


 公孫越は一人の男性が近づいてくるのに気付く。連れの人達はその男性を見ると姿勢を正した。


 近づいて来た人物は先程まで走っていた白い犬を抱えており、端正な顔立ち、キリッとした目、気品ある雰囲気をかもしだしている。

 

「やはり贅沢な暮らしをさせたせいか、この犬は負けてしまったな」


 透き通るような声の持ち主だ。


「兄上! 来ておられたのか」


県令けんれい殿ご無沙汰しています」


「この度、県令への栄転おめでとうございます」


 公孫越、連れの人達が順に言う。


「ところでこの小童こわっぱは?」


「以前話した、田豫でんよという少年です」


 公孫越が犬を抱えた人に私の事を説明する。


 とりあえず、この人物には丁寧に挨拶しないといけない。公孫越の「兄上」、連れの人達の「県令」という発言で誰か分かる。


「初めまして田豫と申します。かねてより県令けんれい殿の武人としての活躍を聞いています。白馬将軍と呼ばれる日も近いと人々は噂しています」


 私は仰々しく挨拶する。


 犬を抱えた人物の姓は公孫こうそん、名はさん、そしてあざな伯圭はくけい


 ついに私は将来、群雄として台頭する人物の一人に会えたのだ。


 公孫瓚は最終的に袁紹えんしょうとの勢力争いで敗れたが幽州ゆうしゅう青州せいしゅう冀州きしゅう兗州えんしゅうにまで勢力を伸ばしていたほどだ。細かいことをいうと冀州は袁紹と分割したのちに奪われて、兗州に勢力を伸ばすと、曹操そうそうに叩きのめされて追い出されているが。


「口達者なやつだ。貴様の噂は従兄弟のえつより聞いている」


 公孫瓚は満更でもない表情だ。


「しかし白馬将軍か、ふふふ、いい響きだと思わないか」


 公孫瓚は公孫越の連れに言うと「とてもお似合いだと思います」と言われていた。ちなみに白馬将軍と人々が噂してるのは真っ赤な嘘だ。でも将来的に呼ばれるから別に問題ない、ということにしよう。


「田豫、貴様は貧困な農民の出と聞いた」


「ええ、そうです」


 貧困は言い過ぎだ。合ってるんだけども。


「聞いたか貴様ら、越もこの犬もだ。役人の家や名家の家で生まれて裕福な育ちをしたからといって能力を鍛えるのを疎かにしてないか?」


 なんか公孫瓚の説教が始まったよ。犬もいい迷惑だと思っているだろう。可哀想。


「この田豫は私と同じく卑しい育ちだ。だが私は今の地位に昇り詰め、田豫は幼いながらも貴様らと肩を並べている」


 今の公孫瓚は涿県たくけんの県令という地位に就いていて豪族の生まれではあるが母親の身分が低いため、少し前までは苦労していたんだろう。


「もっと己を律して私やこの少年のように能力を上げよ」


「「「はいっ!」」」


「貴様もだ」


「ワンッ!」


 犬も返事した。凄い。


「そういえば田豫はどの犬に賭けたんだ?」


「一着になった犬です」


「なぜだ? なぜ、私の犬を選ばなかったんだ」


 グイッと公孫瓚が近づいてくる。圧を感じる! 面倒な奴だ。


 というか、その白い犬はやっぱり公孫瓚のペットだったのか。


「それはですね。競争が始まる前、犬が人に抱えられながら素早く首を動かしていたんですよ。なぜかと思って様子を見ていたら、飛んでいる小さい虫を目で追ってたんですよ。そこで狩猟犬としての才能があると思って選びました……まぁ、それだけなんですけどね」


 大した理由ではないが公孫瓚は納得してくれるだろうか。


「聞いたか貴様ら、容姿だけではなく動作で判断するのも大事ということだ! そもそも外見だけでは――」


 まーた始まったよ。やはり群雄というのは一癖も二癖もある人物に違いない。

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