第一二二話 兵数と力量によるゴリ押しもいいが

 広宗こうそう城から南方に一〇里(四キロ)の地点で劉備軍と新手の黄巾賊が野戦を繰り広げた。


 劉備軍はまず五〇〇〇人の先鋒隊を関羽に率いてもらって黄巾賊と正面衝突させた。なお、後陣の中央には劉備がおり、私は左翼にいる兵をまとめていた。


 戦いが始まって四刻(一時間)後。前線での様子を偵察している兵からの報告が次々と耳に届く。


「敵の第一陣、第二陣を突破しました!」


 朗報だ。勝ちフラグが立ちすぎていたから万が一のことも考えたが取り越し苦労なようだ。


 私は乗っている愛馬の頭を撫でながら安堵した。


 さらに僅か一刻後(一五分後)。


「前線で関羽、張飛、趙雲が戦い、敵本陣を突破しかけています!」


 さらに朗報が耳に届いた。


「あの三人が一緒に戦ってるのか…」


 前線で大暴れしている三人を想像した。


 頼もしすぎると同時に彼らが敵だった場合のことを想像してしまい悪寒が走った。


「ん……?」


 私がいる方に一人の兵が割り込んでくる……劉備配下の簡雍かんようだ。


「よっ、ちょっと出撃してもらえる?」


「いきなりかよ」


 私は呆れ気味に言葉を返す。


「今の報告は聞こえた?」


「ええ、戦況は有利を通り過ぎて圧勝になるであろうことは分かります」


「じゃあちょっと悪い報告は聞こえなかったんだなー」


 あっけらかんとする簡雍。悪い報告とは?


 簡雍は私が尋ねるより先に口を開く。


「西方から新手の賊が現れちゃってさ」


 その言葉に私は瞠目した。


玄徳げんとくからの報告だ。兵を率いて撃退しに行けだってさ」


「敵の数は?」


「二〇〇〇ぐらいじゃない?」


 はっきりしないな。


 でも脅威を感じるほどの数じゃないことは確かみたいだ。確かに『ちょっと悪い報告』と言える。


「四〇〇〇の兵を率いて突っ込みます、と伝えてください」


「おうおう」


 簡雍は曖昧な返事をし、手を振りながら去った。


斉周せいしゅう!」


 配下の名前を呼ぶと人混みを掻きわけて斉周せいしゅうが現れる。


「話は聞きましたよ。そして私を呼ぶということは私も出撃するということでしょうか」


「ええ、田疇でんちゅう程全ていぜんを連れて前線で戦うので後方にいる兵のまとめ役として斉周にもいて欲しいのです」


「仰せのままに……今回もまた我が君は私では想像が付かない、天才的な戦術をとるのでしょうか?」


「て、天才的ってそんな」


 私は腕を組んで面映ゆそうにした。


「そうですね。敵の倍の兵数ですし、練度はこちらの方が上だと思うので正面突破でもいい気もしますが……」


 私が今言った、正面突破は田疇、程全らと共に前線で暴れて一点突破するということだ


 今の関羽達と同じことをするわけだ。


 ゴリ押しではあるがこれも立派な戦術の一つだ。突破に成功さえすれば敵の戦列はほぼ崩壊する。ただ、突破を達成するまでに多くの犠牲が出る可能性がある。そもそも最初から突破を狙うような突撃は大失敗することが多い。


 先鋒隊は一騎当千の武力を誇る三人が固まって戦っている以上、失敗をしないのだろう。常識の範疇で図ることができない実力者だ。


 だが、私と程全と田疇か……。


「んー」


 私は腕を組んだまま気まずそうな顔をした。


 程全も田疇も強い、私自身も常識外れの実力者になりかけてはいる。ただ、関羽、張飛、趙雲と比べてしまうと、とんでもなく見劣りする。


 それに犠牲が多く出そうな突撃は好まない。


 戦場では戦わなければ死ぬ。転生した当初は殺人に忌避感を抱いていた時期はあったが、今はそんな悠長なことを考えてたら死んでしまうのでアホ臭いと思ってしまう。しかし、仲間が死ぬのに慣れたわけじゃない。前世で日本という倫理的な社会にいたせいか仲間の死を極端に忌んでる。


 結局、死人には口なしで私は前に進み続けるしかないのだが。


 とにかく今は無理がありそうな突撃はやめよう。


 そもそも敵に万が一にも一騎当千の実力者がいたら、目論見が外れてしまう。


「敵にあえて突撃させて罠にかけましょう」


「分かりました。では私も後方にいる兵をまとめてそのように動かしましょう」


 そう言ったあと、斉周は頭を下げて去る。


「さて、出撃するとするか」


 もはや、何度目か分からない戦いに赴いたのであった。

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