第一二一話 盧植軍の後顧の憂い

 盧植ろしょく広宗こうそう城で黄巾賊を追い込んだ経緯を話そうとしていた。


「まずは敵の本拠地である鉅鹿きょろく県で張角ちょうかくと一戦を交えた」


 鉅鹿県は今いる広宗県から少し西に行ったところにある。


「そこでわし達の軍は万余りの敵を斬って敗走させたわけだ」


「「おお」」


 私は劉備りゅうびと共に感心した。


 とはいえこの盧植の動きは史実通りである。問題はこれからだ。


「しかし敵が籠ってから一ヶ月はこの状況だ。予想はしていたがのう」


 盧植が平然としていると、劉備が挙手する。盧植は劉備を顎でさして喋るように促す。


「先生のその態度から察するに策を用意しているのでしょうか?」


「抜かりない。少々、時間が必要だか」


 今度は私が問いかける。


「その間、私達は何をすればいいのでしょうか」


「案ずるな、仕事はある。この州全体に黄巾賊が蔓延はびこっているのは分かるな?」


 私と劉備はその言葉に頷く。


「そのせいか、黄巾賊が背後から現れるのだ。少々、私塾しじゅくの授業みたいになってしまうが」


 それから盧植は一呼吸置いてから喋る。


「籠城する側の戦術は決まっておる。援軍と挟撃を図ること、張角の狙いは自身を囮にしつつ外側にいる味方にわし達の背後を襲わせてから城から出撃するつもりだろう」


 まあ……籠城するっていうことは援軍との協力が必須だし、基本的なことだ。


「つまり余らが、背後から攻めてくる黄巾賊を討てばよいということですね」


「そうしてもらえると非常に助かる。もちろん、可能な限り兵を貸し与えよう」


「分かりました。ぜひ余達にお任せください」


 当然、劉備は盧植の頼みを引き受ける。


 まずは盧植軍の後顧こうこうれいを絶つことになった。


 しかし、この時代の知識がある私は黄巾賊とは別にもう一つの心配をしていた。


 盧植は広宗で黄巾賊と戦っている間、罪人に落とされてしまう。何故なら、霊帝れいていから派遣された監察官に賄賂を要求されたが断ったせいで、監察官に讒言ざんげんされて冤罪をくらってしまったという話がある。


 義勇兵はブラック企業特有のアットホーム感があるから信頼関係を築けた……じゃなくて同郷の人々が集ったからこそ私達、義勇兵は固い絆で結ばれていたので身内を蹴落とそうとするものはいなかった。だが官軍という大きな組織に組み込まれれば敵は外にも中にも増えるという話だ。


 気を配ることが増えてしまった。


 私は思考を巡らせながら劉備と一緒に幕舎から出ると、


将軍!」


 大慌てで幕舎に駆け込む兵士がいたので、私と劉備は距離をとって道を作ってあげた。


「何か起きましたね」


「そのようだ」


 劉備と共に幕舎の中の会話に聞き耳を立てることに。


「性懲りもなく南方から黄巾賊の軍が現れました!」


「兵数はどれくらいかね」


「七〇〇〇人ほど……小方しょうほうが率いてるかと!」


 と、兵が言ったあと盧植が幕舎から出てきたので私達は後ろへと下がる。


玄徳げんとくでん聞いておっただろう。今から七〇〇〇人の兵を貸し与える。総勢一万五〇〇〇人を率いて賊を撃退せよ」


「「はい!」」


 私達は元気よく返事した。


 これからは官軍――劉備軍としての戦いが始まる。


 まず、劉備は一万五〇〇〇人の兵を方陣ほうじん(各陣が正方形の陣)の陣形にする。


 基本の陣形だ。移動もしやすい。そもそも義勇兵達は劉備によってある程度、陣形を叩き込まれているため迅速に陣形を組める。官兵も士卒とはいえ、忠実に動いてくれるので臨機応変な対応をしてくれるはずだ。


かん殿!」


 私は陣の中を歩き回って関羽を探す。


「うむ」


 少し長い顎鬚をさすった関羽が現れる。


りゅう殿から伝言です。今回は張飛ちょうひ趙雲ちょううんを連れて先鋒隊の指揮官となって敵を攻めてくださいとのことです。」


「ふふ、腕が鳴るな。了解つかまつった」


 関羽は不敵そうに笑っていた。


 今まで劉備は先頭に立って軍を指揮していたがさすがに兵が一万を越えると役割を分担したほうがいいと思ったのだろう。


 先鋒隊には張飛と趙雲だけではなく、本来の歴史で劉備の下にいない鮮于輔せんうほ鮮于銀せんうぎんという武将が関羽直属の部下になっている。恐ろしいほど、攻撃的な先鋒隊だ。劉備は緒戦で黄巾賊を一気に打ち砕く目論見に違いない。


 というかもはや黄巾賊が可哀想である。


 私の出番はあるのだろうか。

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