第一二〇話 すでに始まっていた広宗城包囲戦

 私達、義勇兵は五日で幽州ゆうしゅうから抜けて冀州きしゅう入りした。


 さらに一〇日以上かけて鉅鹿きょろく広宗こうそう県に向かっている最中だ。


 現在、広宗県では官軍の盧植ろしょく軍と太平道の教祖である張角ちょうかく軍がすでに激突しているとのこと。


 愛馬で移動している私は後ろを振り返る。騎兵と歩兵、そして兵糧を積んだ荷台を率いる人達――八〇〇〇名近くの義勇兵がそろぞろと歩いて付いてきてる。そして横には騎乗している劉備りゅうびがいた。


 今更だが劉備の横を堂々と歩いてこれる日がくるなんて夢にも思わなかったし、こんなにも多くの兵を率いることになるとは思わなかった。


「どうした?」


 劉備に声をかけられたので前を向く。


「いいえ、なんでもありません」


「そうか……どうせ義勇兵の中にいる女子おなごでも見ていたのだろう」


「人をなんだと思ってんだ」


「はっはっ」


 劉備が揶揄からかってきたので強めの言葉を返した。彼は愉快そうだ。


「で本当は?」


 真偽を確かめてくる劉備。


 私はキリッとした表情で見せる。


「めちゃくちゃ見てました」


「「はははははっ!」」


 私は劉備と共に吹き出していた。


 出立してから二〇日後。


 私達はようやく広宗県へと着いた。


 現地に到達すると盧植が率いているであろう大軍が通称――広宗城と呼ばれる城を囲んでいた。


「包囲戦を行っている最中のようですね」


 私は喋りながら横目で劉備が義勇兵に手をかざし、行軍を静止させるのを確認する。


「これは圧巻だな。二万……いやその倍の軍勢はいそうだ」


 劉備は官軍の兵数を推測した。


「いきなり全員で近づくのもどうかと思うので使者を一人送りましょうか」


「それがよかろう。誰か! 先生の下へ行き私達の存在を伝えてくれぬか!」


 私の提案を採用した劉備は使者を呼ぶと張飛ちょうひがやる気満々の表情で飛び出してきた。


「俺様が行くぜ!」


「「えっ」」


 私と劉備は戸惑った。


「え……駄目なのか?」


 張飛も戸惑っていた。


 流石にゴリゴリノースリーブマッチョを使者にするのは違うかな。そもそも、なんで張飛は着ているほうの袖がずっとないんだよ。


 私と劉備は小声で話し合う。


(どうします?)


翼徳よくとくが使者になるとかタチの悪い冗談だ)


 自分の義弟に辛辣すぎるだろ。


(想像してみるがよい、翼徳が一人で官軍に近づくところを)


 私は言われた通りに想像してみた。


『俺様は、劉玄徳りゅうげんとくの使者としてやってきた――』


『な、なんだこいつは!? 賊か!?』


『こんなところまで侵入されていたのか!』


『な、なんだお前さん達は! やるっていうのか! おらおら!』


 官兵と肉弾戦を繰り広げる張飛が目に浮かんだ。


 だって単独行動させたら、イカつい賊にしか見えないだもん。誤解を生んで争ってそうだ。


 私が無言で首を横に振ると劉備は頷いて、張飛と向き合う。


「翼徳、今回は引き下がってくれ」


「なんでい!」


「そなたには然るべきときにこそ交渉の場に出てもらいたい。ここは翼徳程の武人が出る幕ではない」


「むぅ……そこまで言うのなら仕方ない、今回は引き下がるぜ」


 聞き分けのいい張飛は肩を落として引き下がった。


「あ、あの僕が行きましょうか」


 次は夏舎かしゃが名乗り出る。


 私は劉備と見つめ合って力強く「任せた」と夏舎に言い放った。


 公孫瓚こうそんさんの下で無理やり異民族と交渉させられてた夏舎。さらに今は義勇兵の兵站を管理してもらってる。戦闘能力こそはないが、馬にも乗れるし交渉役には適任だ。


 夏舎を送り出して一刻(一五分)後。


 彼は数人の官兵と共にやってきた。


 それから私達は官兵に着いて官軍に迎えられたのだった。


 ――盧植軍の本陣にて。


 天蓋付きの幕舎の中に私と劉備は入る。幕舎の中には盧植ろしょくと彼の属官が一人いた。


「おお! 玄徳! それにでん!」


 盧植は破顔する。四〇代半ばの盧植は細身の体躯たいくだが目力が強く、芯の強さを感じさせる雰囲気を漂わせていた。


 劉備はよく盧植に師事してもらったが、私が私塾しじゅくに入学した頃には盧植は官職に復帰していたので会うことは多くなかった。それでも盧植は年に一週間は授業を開催してくれていたので知らない仲ではない。


「「盧先生、お久しぶりです」」


 私と劉備は手を合わせて拱手こうしゅで挨拶すると、それに盧植も応じる。


「噂はかねがね聞いているよ。わしも師として鼻が高いわい」


 嬉しそうにする盧植は二の句を継ぐ。


「では玄徳げんとくよ」


「はい」


「これより正式にわしの軍の佐軍司馬さぐんしばに任ずる。よいな」


「ありがとうございます」


「さてと立ち話もなんだ……椅子を用意したまえ」


「はっ」


 劉備と話していた盧植は近くにいた属官に声をかけて背もたれのない木製の椅子を用意させた。


 私と劉備は椅子に座る。


「では今の状況を語るとしようかの」


 前に座った盧植の話に耳を傾けることにした。


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