第一四三話 いつもと違う得物 田豫対徐晃

 戦闘の経緯によって徐晃じょこうは俺の刀を、俺は斧を持って対峙していた。


 相変わらず、今の状態(筋力の出力三倍)だと口調が荒くなってる気がする。


 徐晃に近づいた俺は慣れない斧を両手で右斜め上から振り下ろす。徐晃は左手に持った刀で斧を横に弾いた。


「だあああああ!」


 俺は斧を弾かれた方向に、体を回転させて徐晃に斬りかかる。


「ぐぬっ!」


 徐晃は思わず声を漏らす。何故なら、彼は刀を斧に叩きつけるが、今度は彼の得物が横に弾かれていたからだ。


 初めて徐晃の攻撃を弾くことができた。おそらく、俺が筋力の出力を上げつつ両手に持っている斧で遠心力を利用した攻撃を放ったこと、そして、徐晃が右手を負傷して左手のみで刀を持っているおかげだろう。


 というかこの条件じゃないと徐晃の力に対抗できない事実が恐ろしすぎる。


「「っ‼」」


 俺は上下左右に斬りかかる。そして、遠心力を利用した攻撃も時折、加えた。一方、徐晃は俺の攻撃を受け流しながら、時折、前に一歩踏み出して突きを繰り出した。


 徐晃の突きによって俺は左腕上腕、右手首、右前腕が傷付いていた。体に刀が刺さった瞬間に後方へ跳び退いているため深い傷ではないのだが、少なくない量の血が出血していた。


「にしても」


 俺は右斜め下から左上へと斧を振り上げる。徐晃は毅然とした態度で斧を右方向へと弾く。


「刀の使い方が滅茶苦茶だなあ!」


 文句を言いながら、斧を弾かれた方向に体を回転させる。


 今の徐晃は若いせいか、あらゆる武器に精通しているわけではなさそうだ。刀で斧を弾くとき、無茶な角度で斬りかかってきている。かくいう俺も斧に慣れているわけではないが。


「貴殿も人のことは言えないようだ!」


「!?」


 俺が徐晃に遠心力を利用した攻撃を仕掛けようとすると、徐晃も遠心力を利用し刀を振るってきていた。


 こいつ! 真似してきやがった!


 恐らく、俺とほぼ同時に体を回転させたんだろう。


 俺と徐晃の得物がかち合うと大きな金属音が鳴る。


「クソッ、抜けやがった!」


 俺の手から斧がすっぽ抜けてしまい、刀ごと宙に吹っ飛ばしてしまう。質量の差で斧の方が先に落ちて、その向こう側に刀が落ちた。


 本当に慣れない武器は扱わない方がいい。


 幸か不幸か私と徐晃は素手の状態になってしまった。


「はっ!」


 徐晃は血濡れた右拳を突き出してくると俺は両腕を交差させて受け止める。さらに徐晃は左足による蹴りを俺の腹部に食らわそうとするが、右肘をすねにぶつけて対抗した。


 徐晃は声こそあげなかったが痛みによって顔を少し歪ませていた。徐晃は後ろに数歩後退しながら両腕を構える。


「はぁ……はぁ……まずい」


 息を荒げながら俺は肉体の限界を感じ始めていた。筋力の出力が落ちつつある。


「ふぅ……はぁ……」


 徐晃は肩で息をしていた。かなり体力を削ることができたと判断していいかもしれない。


 まさか素手で徐晃と殴り合う未来が待っているなんて思わなかった。想像が付くはずない。


「「…………」」


 俺は両拳を作って顔の前で構える。徐晃に体を向けたまま旋回すると、彼も俺の方を見ながら旋回していた。


「よっしゃ! ここだ!」


「なっ!」


 俺は駆け出して飛んでいった斧の方向へと走った。旋回することで斧を背にした位置を取ることを狙ったわけだ。徐晃は驚きの声を上げつつ、私の後を追っている……あれ急速に興奮状態から頭が冷えてきた。筋力の出力が通常の状態に戻ったかもしれない。


 それでも足を止めるわけにはいかない。今は筋繊維が傷付いている状態なので走れるはずはないのだがアドレナリンのおかげで痛みを感じていないのかもしれない。


「追いついた」


 いつの間にか徐晃は横の位置におり、数歩先に斧がある状態となっていた。


「渡さん!」


「させん!」


 私が前方に身を投げ出して跳躍すると、徐晃も同じ動きをした。


 私達はほぼ同時に斧の柄を掴んで倒れ込む。刹那の瞬間、私は敗北する想像をしてしまう。力の差で徐晃に斧をひったくられてしまう――


「ぐ! 抜かったか!」


 ――突如、徐晃は斧を掴んだ手を矢で射抜かれてしまっていた。


「殺された馬の分だよ!」


 顔を上げて前方を見ると、頭から血を流している呼雪こせつが弓矢を構えて叫んでいた。彼女が矢を放ったんだ。


せつ! 感謝します!」


 私は徐晃から斧をひったくって立ち上がり、倒れている彼の首横に刃を当てる。徐晃は急いで体をこちらに向けるが刃先はすでに彼の首に当たっていた。


「「…………」」


 何度目か分からない無言の見つめ合い。


 首を斬ったわけじゃない、徐晃も一か八かの反撃に出れる状態だ。


 しかし――


田豫でんよ! せつ!」


 ――背後から呼銀こぎんが近づいてくる声がすると、徐晃は体を弛緩させて口を開く。


「天運は尽きたようだ……参った」


 そう言って、徐晃は目を閉じた。

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