第二〇話 なんか、思っていたのと違う人だった

 杏家あんけの屋敷は土造りの壁に囲まれていた。日本の武家屋敷を囲む壁の様に頑丈そうだ。


 今、私と顔仁がんじんはその壁沿いにある門前に居る。門前の両側には腰に長剣を携えた武装兵らが居て、顔仁が彼らと話していた。


 しばらくすると武装兵の一人が顔仁の馬を敷地内へと連れて行ってた。どうやら杏家の馬小屋に置いといてくれるらしい。


「行くぞ」


「はい!」


 私は顔仁に声を掛けられ、門をくぐった。敷地内に入ると庭が広がっていた。そのまま進むと屋根付きの道がある。どうやら道は左右と前方に続いてるみたいだ。まるで迷路。


「広いですね」


「けっ、土地の無駄遣いだな」


 何故か顔仁は悪態をついていた。最近、気付いたが彼は見栄っ張りな奴が嫌いらしい。以前、町で煌びやかに装飾された剣を持っている役人を見た時に顔仁は、


『剣に必要ない飾りだ。気色が悪い。田豫でんよはあんな奴になるなよ』


 と言ってたのを思い出した。ちなみに私はあの剣を滅茶苦茶かっこいいと思ってしまった。もちろん堅物で荒っぽい彼には思った事を言ってない。


 周囲を見渡すと、屋根付きの道には家が隣接していた。それも幾つもだ。私達はもっとも大きい家に近づいた。二階建ての屋敷だ。しかも屋敷の裏には、また庭があった。庭を一つにまとめろと思ったが、これもこの時代の様式に違いない。


 屋敷の戸は開いていて使用人と思われる人物が待ち構えていた。


「着いてきてくだされ」


 使用人に言われるがまま私達はずかずかと廊下を進み、大きな襖の先へと案内された。


「おお」


 感嘆の声を上げてしまった。襖を開けるとゴザが広がっていて、上にはぜん――食器と食物を載せる台が三尺三寸(一メートル)の距離を空け、向かい合わせで並んでいた。一列、三〇きゃくの膳があると思われる。


 ちらほらと膳の前に座っている人が居た。彼らも杏家に客人として呼ばれてきたに違いない。


「おっほっほっ! 其方達、待っておった待っておった」


 私達を見て愉快そうに笑う男性が一番奥に居た。彼のお腹は丸々と出ていて、顔もふっくらとしていた。日本の神で言う、えびすを思わせるような出で立ちだ。


 まさか、あれが杏英あんえいの父親なのか? きっと母親の方に似たのだろう、豪族である以上、結婚には困らないだろうしな。むしろ何人もの女性を差し出される立場だ。


 自由な恋愛はないんですか! と叫びたいが前世で女性と付き合いどころか手も繋いだ事のない私が言う資格はないだろう。無念。これから頑張ろう。


 顔仁と共にえびす顔の前に立つと、彼も立ち上がる。とりあえず掴みが大事だ。


「わちは杏家当主。杏鳴あんめい文丹ぶんたん


 姓が杏、名が鳴で字が文丹ね。把握した。


「お初目にかかります。幽州ゆうしゅう漁陽ぎょよう雍奴ようど県出身の田豫と言います」


「うむ、立派立派! 其方には娘を助けてもらった恩があるのだからな。今日は楽しんでくれると良い」


「お言葉に甘えます」


「其方は将来、武官になるのかな? それとも文官かな? いずれにしても今後宜しく頼むのである」


 手を叩いて快く迎える杏鳴。しかも、それとなく将来を探ってきた。自身の地盤を固める為に人材を確保したいに違いない。最近の私は凄い評価されてるなぁ!


「俺も雍奴県出身だ。県尉けんいを務めている顔仁と言う」


「おっほっほっ、君ほど腕が立つ武人が仕官してくれると助かるのである」


「俺の主君は漢なので、それは勘弁してくれ」


「まっ、考えといてくれい!」


「……」


 顔仁の話を聞いてない感じで去って行った。わりかし自己中な杏鳴だった。私が思っていたイメージと違う。任侠な人物が当主かと思ってた。


 それはそうとトイレ行きたい。


「顔県尉」


「どうした?」


かわやに行ってきます」


「場所は分かるか?」


「その辺の使用人に聞きます。では!」


 と言って私はゴザの居間から出て、襖を閉めた。


 というか杏鳴に場所を聞けば良かったか? 気をよくしてくれるとはいえ、この時代は間違いを侵したら直ぐに首が飛ぶしな、物理的に。安易に偉い人と話してはいけない気がする。


 しばらく廊下を歩いていると後ろから肩を軽く叩かれた。誰だろう?


「ん?」


 振り向くと煌びやかな着物を着た女の子が居た。彼女は髪を使って後頭部にお団子を作っているようだ。はて……どこかで会ったような。

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