第一九話 転生してから一番ツイているかも

 窓の外を見れば、間もなく夜が来るのが分かる。奇麗な夕焼けだ。そんなとき、家の戸を叩く音がする。


田豫でんよや、変わりに出ておくれ」


「すまない。わし達は今、手が離せないんじゃ」


 両親達は来訪者に対応出来ないようだ。致し方ない。


 自室出て居間を通る。


「……」

 

 居間にいる両親はお酒を飲んでいた。酔いしれたいが故、私に玄関を開けさせるようだ。


 なんて奴らだ! というか私にもお酒をくれ。転生前は仕事の事を忘れる為に良く飲んでいたもんだ。ただ、あまりお酒には強くなくて、直ぐに気分が悪くなってしまい、飲むのを躊躇ちゅうちょするのが常であった。


 しかし、この時代は高いアルコール度数を持つお酒を作る技術がない。今ならお酒がたくさん飲めそうだ。


 両親を横目に見た後、木製の戸の前に立ち、ガラガラと入り口を開ける


「えっ!」


「やぁ、息子がいつもお世話になっているよ」


 珍しい来訪者だった。私の目の前には程全ていぜんの父親――雍奴県を治めている程県長が居た。


「ど、どうなされたのですか?」


 少し戸惑う私。


「田豫。君宛ての手紙だ」


「……手紙?」


 程県長から書状を渡された。なんだろう? 県長経緯で来るなんて……普通じゃないな。


「これは一体?」


「読んでみるといい」


 私は緊張しながら書状を読む。


「よし……えーっと『先日、娘である杏英あんえいを救ってもらった事を感謝する。捜索から狼の撃退。ご苦労である。そして昨年の豊作を祝い、祭事を行うおうと思っておる。幼いながらも知勇兼備と名高い其方には是非とも参加してもらいたい。杏家……当主より』こ、これは!」


 滅茶苦茶褒められている! 嬉しい! 前世でも無かった経験だ! じゃなくて……これは杏家が私に注目している証拠だ。将来的には私に仕官して欲しいと言わんばかりだ。にしても、知勇兼備って書いてあるよ。うへへ。


 思わずニヤける私。つい最近も同じような事で笑みが零れてた気もする。その反面、前世じゃ杏家なんて聞いた事ないので、将来的には滅びるんじゃないのか? と失礼な事を考えていた。


「どうやら豪族に目を掛けてもらっているようだな。良い人材になる君を取り込もうと思っているに違いない」


「光栄です。私のような未熟者が注目されるなんて思いもしませんでした。嬉しい限りです」


 ここぞとばかりに謙遜ぶってみた。


「で、どうするんだい?」


「もちろん行きますよ!」


 なんだかんだ心の中では豪族と繋がりが出来る事にガッツポーズしている私がいる。これはいいぞ! もっと仲良くなれば資金面で支援してくれるかもしれない。

 

「それと顔仁がんじんの奴も呼ばれている。杏家はあいつの弓の腕前に前々から目を付けていたからな。まっ、ああ見えて官職一筋だから豪族ごうぞくに靡く事はないだろう」


 彼の言う通り、顔仁は漢の臣下でいる事を大事にしている。いつぞや私が顔仁に夢を語ったとき、彼も同調してくれた。顔仁なりに国を憂いているのだろう。きっと後漢を内部から改善しようとしてるに違いない。


私は程県長と別れ、書状に同梱していた案内状を読んでいた。杏家の本拠地があるのは幽州ゆうしゅう漁陽ぎょよう漁陽ぎょよう県だ。漁陽県は郡治所とも呼ばれ、郡の政務を執っている県でもある。つまり、漁陽郡の中心地である。私の前世で言うと県庁所在地みたいなものかな。


 そして、二週間後。


 私は住んでいる雍奴ようど県から漁陽県に向かって行った、顔仁の馬に乗せられて。当然、騎手は私の前で手綱を持っている人。顔仁だ。


「はぁ……」


「どうしたんだ? やる気のない声出しやがって」


 溜息を吐いたのを気付かれてしまった。


「いや……催しの中で狩猟があると聞いたんですが、馬の乗れない私は、どうやら参加が出来ないようで」


「ふっ……早速、豪族共に腕を見せつける気か? 相変わらず生き急いでるな」


「後、六年しかないので」


「六年?」


「あ、いや何でもないです」


 思わず口を滑らせてしまった。六年後の一八四年――黄巾の乱が勃発する。しかし、そんな事は私しか知らないし、言ったところで誰も信じないだろう。とにかく今のは私は悪くない、私の口が悪いんだ。


「見えたぞ」


「!」

 

 前方の遥か先、堅牢な城郭が見えた。役所がある町は決まって壁に囲まれているのだ。主な理由として権威の象徴と世に跋扈ばっこしている賊に対する守備。もちろん戦争時に守備の役目を果たす為でもある。


 さてと豪族達と仲良くするか。ぐへへ。将来の為に! 私の汚い心がそう言ってた。


 去年は牛や熊に追い掛け回されたり、丘から落ちたりと散々だったが今年は間違いなくツイている!


 その後、私と顔仁は城郭に近づいて町に入り、杏家の屋敷へと向かったのであった。

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