第一八話 子供らしく遊んでみた

 秋の収穫も終わり、凍えそうな冬も過ぎた。今は一七八年。春の到来を告げる梅が家の裏庭で咲いていた。かくいう私こと、田豫でんよは少々、調子に乗っていた。否、ここは調子に乗るべきだと! そう思っている!


 日々の狩猟によって食事には困らず、金銭的に豊かになったし、読み書きができる事実に加えて上達していく弓術、以前以上に注目されている私! 更に去年、杏家の娘を救出して以来、近隣の豪族達も私を気に掛け、将来的には配下に加えたいなどと考えているようだ。


 転生した時から、この時代を生き抜いて、のし上がりたいと思っていた。そんな私にとっては狙い通りの展開になっていた。日々の努力の結果だ。これは調子に乗るべきだ。以前は県(雍奴ようど県)レベルで私の名は知れ渡っていたが、今は郡(漁陽ぎょよう郡)レベルで知れ渡っている。

 

 はっはっは! 痛快! 僥倖! 順風満帆! と言ったところだ。


 思わず笑みが零れてしまっていた。家の裏庭で。


「お前、なんで一人でニヤけてんだ?」


 と横に居る程全ていぜんは言う。


「少々、最近いい事がありましてね」


「ほーん、最近の田豫、有名だしな」


「そんな事ないですよ」


 と言う私は未だにニヤニヤしていた。


 さらに、この場にいる他の二人も声を掛けてくれる。


「そんな顔で言っても説得力ないと思うが」


「実際、田豫でんよはすげぇ奴さ!」


 以前知り合った、田疇でんちゅう閻柔えんじゅうだ。私の家に遊びに来るのはいいが……そもそも、なんで此処に居るんだよ。この子らの実家この辺じゃないだろ。


「ところで、二人はなんで漁陽郡にいるのですか?」


「この時期は親戚で集まっているんだ。去年会った時、叔父殿の家に泊まってると言った事を覚えているか?」


「あぁ~。そんな事ありましたね」


 どうやら、田疇は親戚の家に滞在している様だ。確かに去年、牛に追いかけられた時も言ってた。


「閻柔は?」


「暇だったもんでな」


「遊びに来るには遠すぎませんか?」


「そうかな?」


 あっけらかんと答える彼に私は戸惑いを隠せなかった。


 閻柔は私の物差しで測れない実力の持ち主だ。深く考えるのは止めるか。


「次、田豫の番だろ、ほらよ!」


「え、ああ……ありがとうございます」


 閻柔からやじりの無い矢を受け取った。私達は今、投壺とうこという遊びをしている。離れた場所にある壺に向かって素手で矢を投げ入れるというお手軽な遊びだ。投壺はこの時代の宴会でよく行われている。


 ルールとしては一人ずつ矢を一二本投げて、全てが壺に入ったら勝ち、もしくは得点が一二〇点に達した者が勝ちとなる。同率一位になってしまったら、サドンデス形式で勝者を決めればいい。また、最初の一本が成功すると一〇点、最後の一本が成功すると一五点などしっかりとした決まりがあるのだが、今回は矢を一二本連続で投げて、より多く壺に矢を入れた人が勝ちという単純明快なルールになっている。


 私は矢を右手に持ちながら皆に尋ねる。


「今の所、誰が一位ですか?」


「おいらだ! 九本入れてやった」


 やはり、閻柔か。


「二位は?」


「自分と程全だ」


「ちなみに何本だったんですか?」


「……六本だ」


 悔しそうに田疇は言った。閻柔が圧倒しているが、そもそも離れた距離にある口径一〇センチの壺に矢を投げ入れるだけでも大したもんだ。やはり、この時代の人間は私がいた時代と違って感覚を含む身体能力が優れているのかもしれない、過酷な環境故に。ちなみに身長差で不利にならないように自分の歩幅で一〇歩下がって標的との距離をとっている。


 私が壺から五歩下がっていると


「卑劣な真似をするなよ! 歩幅狭めて下がるなよ!」


 と、程全ていぜんが言う。失礼な奴め! 身に覚えはあるけど! それに今回は投擲技術がものをいう。日々、短剣を的に投げ当てる練習をしている私からすれば得意分野の遊びだ。恐らく。


 左足を前に出して半身の体勢になり、矢を持ち構える。そして深呼吸する。


「…………!」


 私は矢を投げる! そして投げられた物は放物線の軌跡を描き、


 ストンッ。


 と地面に当たる。


「次だ! 次! 頑張れよ!」


「自分も最初の一擲は距離感が分からなかった」


「俺の記録を抜かせるかな⁉」


 三者三様に応援していた。最後に喋った程全に関しては挑発かもしれないが。


 いつも短剣を真っすぐ投げて的に当てる練習をしていたから……壺に投げ入れるにあたって変な癖がついてたかも知れない。気を取り直していくか。


「……はっ!」


 二本目、カランと壺の中に入る。


「「おお」」


 田疇と程全は感嘆し、閻柔は頷いていた。


 風が吹いてきたので無風になるのを待った。意外と神経を使う遊びだな。負けたからといって何かあるわけでもないが。ちなみに宴会で余興として行う場合は罰ゲームがあるらしい。


 私は風が止んだのを機に矢を投げ入れる!


 三本目! 壺の中に入る! 


 四本目! 壺の縁に当たるも奇跡的に入る! 


 五本目! 梅の匂いが気になって手元が狂ってしまう! その結果壺の向こうへと飛んでいった。


「しくじった……」


 私は呟いた。とりあえず六本は入れられそうだな。


 六、七、八本目! 壺の中に入る!


 九本目! 投げる時に、力み過ぎて前のめりになってしまうも、壺の中に入る! これで七本入ったぞ!


「お前、今のは、ずるだったぞ!」


 程全はどうやら私が前のめりになっていたので壺との距離が近かったという事を言いたいらしい。


「程全……気持ちは分かります。なんせ、今ので私が入れた数は七本。君は六本。悔しい……そういう事ですね」


「いやっ、ちげえよ!」


 彼は否定する。


「どう思う?」


「んー、まぁ、いいんじゃね?」


 田疇は私の事について閻柔に尋ねていた。


「えー、そりゃないぜー」

 

 しぶしぶ程全は閻柔の言葉に従っていた。これが最年長の力か。


 ちなみに私はその後、一本しか入らず一二本中八本という記録になった。短剣を投げるのとは違う難しさがある遊びだ。改めて実感したが私はどうやらこの時代の中でも器用な人間になりつつあるようだ。鍛錬の成果を噛みしめてその日を過ごしたのであった。

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