第三八話 周りが年上なのでジロジロ見られるんだが

 幽州ゆうしゅう涿郡たくぐん涿県たくけんの県城。そこに私が通う私塾しじゅくがある。そして、今日から今世で初めての講義だ。


「気が重い」


 私は与えられた寮の部屋でぽつりと呟く。


 失念していたことが一つあった。


 私塾というのは地方にある私立大学のようなものらしい。この時代で教育を受けれる人はごく僅かで、例外はあれど大学には一五歳から通う。なので、私は必然的に注目される。


 というか……程全ていぜん雍奴ようど県にある私塾に通うらしいがあいつ授業についていけるのか?


 無理だろ。


「塾なんて名前がつくからもっと軽いところだと思ってたよ。いきなり大学か……」


 正直、寺子屋みたいなもんだと思ってた自分がいた。


 その後、私はブツブツと愚痴を吐きながら麻袋あさぶくろを持って部屋を出た。


 寮内は煉瓦造りでお金を掛けていることが分かる。ここには幾人もの生徒――門下生もんかせいが住んでいる。


 私は狭い廊下を歩いて寮の外を出る。その間、ジロジロと上級生に見られた。怖いから止めて欲しい。カツアゲしないで下さい! お願いします!


 目を合わせないように目線は地面に向けて歩く、私塾は目と鼻の先にあるのですぐに到着した。


 武器は全部、自室に置いてあり、何か起きても対応できないので平穏な学生生活を求むぞ!


 私塾の建物は木造ではあるが瓦は綺麗な瑠璃色ではりが赤かったりして妙に豪華だ。1階建てではあるが大きさからして部屋が十数個あることが分かる。


「おぉ……」


 私は小さく感嘆の声を上げた。今日は建物内で一番大きな教室で授業を受けるのだが予想以上に広い。室内は円状になっていて中心にある暖簾のれんに囲まれた高台を囲むように木製の長机があった。


 長机は壁際から中心までニ〇台並んでおり、それが囲むようにあるのだから一〇〇人、いや……椅子の数を見る限り詰めて席に着くことになるのでもっと座れるだろう。


 盧植が主宰する私塾のように高名な人物が経営する学校には数千人の弟子と門下生が集まるとき聞く。立って授業を受ける羽目になるかもしれなれいので私は入り口から近くにある席に急いで座った。


 すると両側にいる学生達がジロリと私を見た。


 怖いので目は合わせないで置こう。


 しばらくして――


「今日はあの人か」


「盧植先生が良かったのに。儒学じゅがく以外のことも教えてくれるからな」


 先生と思われる細身の人物が室内に入ってくると周囲の門下生達はヒソヒソと話し始めた。


「なんで子供が居るんだ?」


「どうせコネだろ。よくある話だ」


 中には私について噂する者も見た。


 私から見れば君達も子供当然だけどな! そうやって人脈力におののくがいい。


 とりあえず、心の中で無意味なマウント取って気を取り直した。


 私は麻袋から筆、すずり、墨の液体が入った小瓶を取り出す。


 周りを見ると筆と硯を机に置いているが墨の液体を用意してなかった。その代わりに墨の棒を持っていて、それを水が入った硯でゴリゴリと削り始めた。


 この時点で私こと田豫でんよの準備の良さが分かる。


 更に私は帳面ちょうめんとして紙を持ってきたが周りは竹簡ちくかん木簡もつかんを持ってきていた。


 まるで周りがガラパゴス携帯を持っているのに自分だけスマートフォンを持っている気分だ。


 ……ちょっと自分でも何を言ってるのか分からないが。


 何にしろ、この時代の紙は高価で普及していない。限りがあるので大事に使おう。


 そうこうしてるうちに授業が始まった。


「今日からは礼記らいきについての話を始めます。ここで話す礼記は盧植先生とその学友である鄭玄じょうげん先生が注釈ちゅうしゃくしたもので――」


 中心にある暖簾越しに細身の先生が言う。


 礼記というのは儒学上、最も重要な経典の一つだ。更に盧植と後漢ごかんを代表する学者の一人である鄭玄が注釈したものとなれば、この時代で最先端の学問だ。このことだけでもここに来た甲斐があるというものだ。


「――名士と交わるには当然、礼儀作法を知る必要があります。そこで様々な礼の制度を学ぶことから始めようと思います。」


 よし授業に集中するか。


 その後、私は筆を執り始めた。

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