第三七話 いざ涿県へ!

 三週間後。私は盧植ろしょくが主宰する私塾しじゅくに向かうために身支度を整えていた。

 

 儒将じゅしょうとして有名な盧植のもとには多くの者が集っている。そのため、門下生もんかせいの人数が限られているそうだ。


 しかし、入塾許可についてはすでに取っている。抜かりはない!


 私は入塾するために推薦状を送っている。


 以前、高家こうけ杏家あんけに恩を売ったことがあるので快く推薦状を書いてもらった。私塾しじゅく側は同じ幽州ゆうしゅう内で幅を利かせている豪族を無視出来ないようでこころよく入塾を認めてもらった……というより認めざる得なかったと思う。


 これが人脈の力! 素晴らしい!


「さてと」


 身支度を整えた私は弓を背負い、左腰に矢筒やづつ、後ろ腰に短剣を携えた格好になり、多めの金銭が入った巾着袋をふところに入れてから家の戸口へと向かった。

 

 私が通う私塾は幽州ゆうしゅう涿たく涿たく県にある。つまり、今いる雍奴ようど県を離れなければならないのでしばらく寮生活が続くことになる。


「父上、母上、しばしのお別れです」


 戸口から外に出る前に、私は両親に挨拶をした。


「うむ、家のことは心配無用じゃ。はっはっは!」


 上機嫌な父親。それもそのはず豪族からもらった金銀財宝で家計がうるおっているからだ。全ての指に銀で作られている指輪をめていて、調子に乗っているように見える。 


田豫でんよや、達者でね」


 母親は普段通りだが金で作られたかんざしと首飾りを身に付けている辺り、やはり調子に乗っているのだろう。


「では!」


 私は元気よく外へ出て、雍奴県の県城けんじょうにある役所へと向かった。


 徒歩で涿県まで移動すると時間が掛かりすぎるのでてい県長から馬を借りることになっている。ただ、馬術を習得していないので、いつも通り二人乗りさせてもらうことになっている。


 ――数刻後。役所前にて。


 周りには程県長、程全、顔仁がんじん、馬を連れ歩いて来た周琳しゅうりんがいた。


「ちぇ、一緒の私塾に通ってやろうと思ったのによ」


 程全は悪態をいていた。彼なりに寂しがっているのだろう。


「また、直ぐに会えますよ」


「だといいけどな。無事に帰って来いよ」


「程全こそ、くたばらないで下さいよ。昔、誘拐されたときみたいに身代金目的で君を狙う人はたくさんいるのですから」


「こ、怖いこと言うなよ!」


 少しビビってるのか、後退あとずさる程全。賊に誘拐されたときのことがトラウマらしい。


「鍛錬を怠るな。おめえに伝えることはそれだけだ」


「はい! 分かりました」


 顔仁からシンプルな言葉を貰うと、程県長が口を開く。


「周琳に涿たく県まで連れていってもらうように指示しているから、安心してくれ」


「ありがとうございます」


「息子の友人だからな。それに田豫は将来有望だから、今のうちに恩を売らないと思って、はははっ」


 そう言って、程県長は愉快そうにした。


「田豫殿! 大船に乗った気分でいてくれよ!」


 意気揚々と周琳は馬にまたがる。


 周琳が涿たく県までの案内人なのはいいが、私を馬に乗せてばっかな気がする。他の仕事はないのだろうか。


「では宜しくお願いします」


 私は周琳の将来を心配しながら、彼が乗っている馬に跨った。


田疇でんちゅう閻柔えんじゅうにも宜しく伝えて下さい」


「おう! 分かった!」


 私の言葉に程全は返事をした。正直、杏英あんえい玲華れいかにも私がしばらく雍奴県から離れることを伝えて欲しいが漁陽県に住む彼女達と面識ある者達は周囲にいないので仕方ない。


 そのうち、手紙でも送るか。


 気付くと、周琳は馬を走らせ始めたので、


「皆さん達者で!」


 と私は背後を振り向き、皆に向けて手を振った。


 こうして二週間かけて涿県の県城けんじょうへと辿り着いたのであった。

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