第三九話 絡まれる田豫

 礼記らいきの授業は滞りなく進み。


「来客に食事を出す際、穀物類は食べる人の左に、あつもの(吸い物)は右に置き、外側にはなますと焼いた魚を置くのが慣わしで――」


 今は礼記による食卓マナーというものを説明されている。豪族の家で食事をしたことがあるのでこの辺の事は知っていた。


 しばらくすると、


「――では今日はここまで!」


 そう言って細身の先生はすたすたと歩き部屋から去ろうとしていた。


 にしても長い授業だ! 気付いたらもう昼前。とりあえず、お腹が空いたので外食するとしよう。


 私は手際良く麻袋に勉強道具を入れ、学舎からを出ることにした。なお、生徒の数が一〇〇人を優に超えているので教室から出るのにも一苦労だ。


 ようやく学舎から出て寮に入ろうとしたとき、


「おい!」


 背後から声が聞こえる。もしかしたら私を呼んでるかもしれない。ただ、ここに知り合いはいない――故に初対面で「おい」とか言うやつには関わらない方がいい。


「待てよ」


「っ!」


 寮に入ろうとすると左肩を片手で掴まれて、体を斜めに向けさせられた。対峙する私と知らない男性。


 ただ、ただ、面倒くさい。くっ! この田豫でんよに恰幅のいいボディガードさえいればこんなことにはならないだろう。


「お前持ってんだろお金、くれよ。さっきの授業中、懐から巾着袋を取り出してお金を確認してたの俺見てたぜ」


 カツアゲかい。


 しかも、お金を確認してほくそ笑んでたのがバレてたらしい。これは恥ずかしい。だがここで反抗しては今後も目を付けられるので。


「うっ……!」


「⁉︎」


 私は両手で胸を押さえて苦しんで見せた。当然、相手は目を見開き驚嘆する。


「すみせん。持病の発作が……今日は休ませてもらいます」


 苦しそうなフリをして私は後退りして何気なく寮に入ろうとした。しかし、私は背後――寮の入り口から何者かが現れる気配を感じとる。


「ご愁傷様だな。とりあえず渡すもの渡せ」


 二人目のカツアゲボーイが出てきてしまった。彼らは待ち伏せしていたのだ。


 にしても病人からお金をむしり取ろうなんて……どうかしてる。病人じゃないけどね。


 とにかくこいつらは将来、偉くなったら絶対痛い目合わせてやるからな! 覚えとけよ!


「おい、奪え」


「はいよ!」


 最初に絡んできた男が二人目のカツアゲボーイに指示する。私は寮の入り口の方を向くと。


「悪く思うなよ!」


 相手は平手で私の顔に危害を加えようとした。


「おっと」


 と、言いながら私は頭を後ろに動かして平手打ちを避けた。


 鍛え上げられた反射神経、動体視力、そして常人を逸脱した空間把握能力で回避能力には自信がある。


「このっ! このこのこのっ!」


 痺れを切らした相手は握りしめた拳を振るうが体を左右に動かしたり、頭を下げたりして攻撃を避けてみせた。


「ちょ、ちょこまかと逃げやがって」


「持病とか嘘付きやがって!」


 殴りかかってる方は憤り、最初に絡んできたやつはツッコんできた。


「ええっと……もう止めませんか? 随分、注目集めてるみたいですから」


 私は周囲の状況を察するように促した。周りは門下生だらけで揉めている私達が邪魔で寮内に入れないらしい。


 するとその中にいる門下生の一人が近づいて口を開く、


「何をしてる」


「「‼︎」」


 近づいてきた男を見た瞬間、カツアゲしてきた人達の顔は強張った。


「いや、あの少し戯れてただけですよ……。そ、そうだよな!」


「あ、ああ。そ、そうだ」


 二人は怯えながら言う。


「そうは見えなかったが、問題を起こすなら俺の家の力でここから追い出そうか」


「「す、すいませんでした!」」


 カツアゲしてきた人達は去っていった。


 正直、筋力と体力は年齢差のせいで負けてただろうから、助かった。にしても助けてくれたこの人は有名な人なんだろうか?


 家の力うんぬんと言っていたので豪族の家系かもしれない。


「お前無事か?」


「ええ……ありがとうございます」


 よく見るとその男は切長の目で威圧感があるものの何処か気品ある雰囲気を漂わせてた。髪は肩に当たるか当たらないぐらいでたんと呼ばれる上下一体になっている着物のような服を着ていた。


「あなたは一体?」


 私は自然と相手の名を尋ねていた。

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