第九五話 なにこの状況……やるしかないか

 野営を始め、就寝に就いたのだが程全ていぜんに叩き起こされた。最初は敵襲だと思い、寝ぼけながらも転がりながら幕舎の外に出て、抜刀した。


 なお、敵襲ではなく、偵察に出した部隊がもう帰ってきたらしい。官軍の兵を数十人、偵察に出したあと、斉周せいしゅうの進言で義勇兵も偵察に出したのだが、もう官軍の方が帰ってきたらしい。


 馬を使わせているとはいえ、六、七時間で帰ってくるあたり、敵は近い場所にいると思ったし官軍は仕事が速いなと思った。


 そして、外で報告を聞いた結果。


「――――は?」


 木箱の上に座っていた私は間の抜けた声を出してしまう。


「だから、黄巾賊が一万人近くいたんだよ……正確には分からないけど」


 官軍の兵は苛々いらいらしながら、張雷公ちょうらいこうの軍が目算で約一万人になっていることを報告する。


 馬鹿な……敗走したときは数百人しかいなかったのに、兵を搔き集めたにしても短期間で増え過ぎだ。


 やっぱり本拠地に逃げ帰らず、わざわざ右北平ゆうほくへい郡に侵入したのは兵力の当てがあるからだ。


 私の左にいる程全が口を開く。


「大丈夫だ! 田豫でんよの策があればいけるって!」「簡単に言うな」


 私は即座に言葉を返した。


「撤退すべきです。無暗に一戦を交えれば、手痛い目に合います」


 右側にいる斉周は忠告してくる。


「そうですね。後から出した偵察部隊が帰ってから劉殿りゅうどのと合流しま――」


「いや、あいつら無終むしゅう県を攻めてたから義勇兵の立場としてはまずいんじゃないの?」


「え」


 官軍の兵が後から新たな情報を追加してくる。


 先に言ってくれ……おかげで横にいる斉周がチッ、と舌打ちをしている。


「無終県って田疇でんちゅうがいるところだよな」


 程全は旧友の名を出す。


「そうですね……それに思った以上に近い場所にいますね」


 右北平郡の無終県から西に進めば、すぐに魚陽ぎょよう郡の中央部分に入る。


 私達は魚陽郡の南側から東にある右北平郡に入ったため、無終県は北に二〇キロにある。


「黄巾賊の背後を私達が攻めれば、相手は浮足立ち、総崩れするはずです。そして、無終県の官軍が挟撃してくれれば勝てない戦いではないと思いますが」


 私は斉周に目を向けながら喋る。すると彼は応じる。


「相手に悟られることなく背後を取れれば勝てるでしょうね……無終県の兵が呼応すればですけど」


 斉周は最後に懸念点を口にした。


 官軍と交戦している相手が、背後を急襲されて混乱したのにも関わらず、官軍が棒立ちしたままなのは考えにくい。仮にそんなことが起きれば、もう敵だよ。


 斉周は心配性だな、と思っていると――


「それなんだが……仲間が黄巾賊に近寄り過ぎて捕まったんだよ。色々、情報が漏れたかもしれないから、背後からは奇襲はできないかもな」


 ――官軍の兵がなんか言い出した。また、後出しで情報を追加してきた。


 …………ああ、思わず固まってしまった。なるほど、私達の存在がばれてるかもしれない……いや、もうばれていると考えた方がいいだろう。


「は?」


 と、斉周が怒気を放ちながら官軍の兵に近づこうとしたので片腕を広げて行動を止める。


「…………」


「程全、駄目です」


 さすがの程全も眉を吊り上げながら、官軍に詰めかかろうとしたのでもう一方の腕も広げて止める。


「な、なんだガキども! 仕事はちゃんとしだだろ!」


 官軍の兵は私達の態度が不服なようだ。


「ここに大人が一人いるのですが」


 斉周は相手の揚げ足を取る。


「っ」


 官軍の兵は口を噤む。


「仲間同士で争っている場合じゃないです。まずはこれからどうするかを考えましょう……ちなみになぜ悪い報告を先にしなかったんですか」


 私は場を収めつつ、尋ねたいことを聞く。


「それはその……言いにくいから」


 子供か。


でぇんよ田豫! でぇんよ田豫!」


 離れた場所から訛りのある声がした。私の名を呼んでいる。


 この言い方はまだ流暢に漢民族の言葉を喋れない南匈奴みなみきょうど族特有のもの……偵察に出したもう一つの部隊が帰ってきたんだ。


 少しして、馬に乗った南匈奴族の男達が来る。


「どうしました?」


むしゅーけん無終県攻めてたこーきんぞく黄巾賊がこっちに攻めてくる! 一万の大軍来ちゃうよ!」


「「「なっ⁉」」」


 私達一同は急展開に絶句しそうになった。


 やはり、捕らえられた仲間から私達の位置が張雷公にバレたのだろう。そして背後の脅威を取り除きに来たというわけか。

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