第九四話 隣の郡に向かって
劉備が率いているのは義勇軍の本隊でもあるので、
私が率いているのは義勇軍の別動隊とはいえ、兵士が二〇〇〇人近くに膨れ上がっていた。そして、
「まだ日は上がっていますが、この辺で休憩を挟みましょう」
私は馬から下りて、兵達に命令する。
すると、近くにいる義勇兵が銅鑼をジャーンと鳴らす。それに続くように前方にいる義勇兵も銅鑼を鳴らし、休憩する旨を全体に伝えてくれる。また、口伝で命令を伝えてくれる人達もいた。
兵農分離が行われないこの状況下では、歩兵の大半は農民である。そして義勇兵ならば尚更、農民が多い。それは黄巾賊も一緒である。
ついこの間までは数百人の部隊だったが、数千人になっているので口伝だけでは統制が取れず、銅鑼、太鼓、旗を用いて軍を統制しているというわけだ。
ちなみに銅鑼、太鼓、旗の使い方は兵法書である『
義勇兵が野営の準備をしている中、私は背もたれのない木製の椅子に座り、手を組んで考え込む。
ここは平地だ。奇襲されることはない。
近くにある森がざわめいているわけでも、遠くで土埃が上がっているわけではない……この周辺に軍勢がいない証拠だ。
後、考えるべきなのはこの先にいるであろう賊の動きを知ること。
「――ねぇねぇ」
「ん、ああ
考えを巡らせていると、
「なんでしょうか?」
「最近、
呼雪は小首を傾げて、私の顔を見て心配そうにしていた。
「色々と考えごとをしてたんですよ」
「指揮官って大変だね」
「そうですね……人数が増えたことで責任も増えましたからね。ほんと、数万、数十万を率いている人を尊敬しますよ」
後者の言葉は今後、この時代で活躍し数万単位の兵で
私の場合、失敗がないように気を張っているせいで余計に気苦労していたのかもしれないが。
「田兄なら一〇〇万人連れて戦えるよ!」
それは言い過ぎだろ。だけど、評価されているのはありがたい。
「ちなみにそれって根拠とかはありますか」
「ない!」
ないのかよ。
評価されているというよりかは呼雪は励ましてくれているのかもしれない。
「私なら大丈夫ですよ。この義勇兵の中にも頭脳労働担当の人はいますからね」
「それってあいつでしょ?」
「彼もその一人ですね」
呼雪が指を向けた先には、肩にかかる程度の長さの髪を垂らし、目の下に隈を作った二〇代半ばの男がいた。
彼の姓は
文献から察するにもっと老練な方だと思ったが意外にも若かった。
なお、彼曰く、教育熱心な母親の下で育ったらしく、目の下の隈は
斉周は私に向かって頭を下げて、
「我が君、お話よろしいでしょうか」
と、慇懃な態度で接してくれる。
その間、呼雪が無理やり私の隣に座ろうとしたので、椅子の半分を明け渡して座らせた。
次いで斉周は呼雪に対しても礼をしたあと、私と向き合う。
「話とはなんでしょうか?」
一応、斉周に聞き返した。彼が話しかけてくるときは、大体は軍事についての話なのである程度、何を言ってくるかは察しはつく。
「張雷公の動向を探るためにも、兵をここで留めている間、偵察を出した方がいいと思うのですが」
「ちょうど、私もそのことについて考えていました……野営の準備が終わり次第、偵察部隊を編成します」
「ええ、そう考えると思ってましたよ。そこで忠告ですが、相手の数が倍以上になっていれば退くべきだと思います」
斉周は忠告してくる。
「……それは兵法書通りでしょうが、状況にもよります」
「ふむ」
私が喋ると斉周は不服そうに唸る。
「……もし県城や集落を攻めていたら私達は戦わざるえません。民を見捨てたとなれば、義勇兵の存在意義が無くなりますよ。城が一つ落ちたのに
「無理に戦って敗北するよりかはいいかと思いますが」
それはそう。
「状況的にも兵力的にもまずいとなれば、戦う行動を見せてから退きますよ……体裁上ね」
「分かりました。少なくとも一戦を交えるという方向で私も色々と戦術を練りましょう」
その後、斉周は背を見せて去る。
正直、今は呼雪が真隣に座ってくれたおかげで、彼女の柔肌が当たって、妙に緊張していた。あまり話に集中できなかった。すまん斉周。
私は立ち上がって溜息を吐く。
「どこに行くの?」
未だに座っている呼雪。
「そろそろ食事の時間ですし、ご飯を食べに行こうかなと思いました」
「じゃあここで、セツとご飯食べよ!」
呼雪は椅子の空いた部分、つまり私がさっきまで座っていた場所を指でつつく。
「……ま、まあ、いいでしょう! 二人で食べた方が食事も美味しくなりますし」
少し恥ずかしいが喜んで座ろう。なお、私の言い分に呼雪は不思議そうな顔をしていた。
なお、一つの椅子に二人で座っているので滅茶苦茶、食事を摂りにくかった。
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