第一三〇話 ここは今流行りのオカルトに頼るか

 朝廷から派遣された左豊さほう盧植ろしょくに賄賂を渡すように持ちかけたが、


「フハハハハ」


 盧植は顔を上げて哄笑こうしょうした。


「ど、どうかなされましたか?」


 左豊は間の抜けた顔をして反応する。


 私も少し驚いて体を強張らせてしまった。


「ふざけるのも大概にしたまえ。今、民たちが苦しみ、兵は命を賭けている状況で金銭を不当に要求するなどもってのほかだ」


「…………」


 盧植の言葉で左豊は押し黙ってしまう。


 私も賄賂欲しいとか思っていたので恥ずかしくなってしまう。


 やめてくれ先生、その言葉は私に効く。


「自分のことしか考えていないのか? それでもかんの臣下か?」


 まくしたてる盧植先生。


「渡すものはない。戦況はさっき伝えた通りだわい」


「そ、そっちがその態度なら私にも考えがある……失礼した」


 左豊は肩で風を切るようように気取った歩き方をして私達の目の前から去った。


 盧植の剣幕に押されて仲裁することもできなかった。


 このままではまずい、歴史通りのことが起きる。左豊がみやこに戻れば盧植を陥れるために讒言ざんげんしてしまう。その結果、盧植は官職を剥奪されて収監されてしまうのだ。


 あまりにも不憫だ。


「全く……ああいう奴らが蔓延っているせいで賊も蔓延るんだわい。嘆かわしいの」


 盧植は独り言ちる。


「田もそう思うだろ」


「え……ええ! そ、そりゃあ、もちろんですよ」


 私はどもったうえに声が震えてしまった。


 とりあえず左豊が盧植を讒言しないように仕向けないと。


「朝廷の使者はもうお帰りになられるのですか?」


「確か、あと三日は南方にあるていに泊まるといったかの? どちらにせよああいうやつとは会わない方が身のためだ」


「は、はい!」


 とりあえず頷いた。


 それから外に出て、色々と考え始める。


「うーむ」


 私は幾人か負傷した兵が運ばれてくるのを横目に顎に手を当てながら歩く。


 頭の中にある兵法書や私塾しじゅく時代に学んだ経典をペラペラとめくっていた。


「そうだ」


 私は立ち止まる。


 儒教じゅきょうの経典の一つに『易経えききょう』というものがある。易経というのは簡潔にいえば占いの本だ。今回は易経の内容に学ぶというより占いを重視するこの時代の人間の心理に働きかけよう。


 占い師は出陣や決戦の日取り・日時を決めるのに必要な存在でもある。占いを指揮官が信じなくとも兵達の士気を鼓舞するうえで利用価値はある。


 とはいえこの時代の占いは恐ろしいぐらいに当たる。


 今から一五年後に生まれる占い師となる男――管輅かんろがいるのだが、その男は犯罪が起こると犯人を言い当てたり人の誕生日や寿命を言い当てるというとんでもない逸話を持つ。もはやチートである。


 私が筋力の出力を操作できるようにこの時代の人間はあらゆる分野で超人じみているのかもしれない。


「よし、そうと決まれば作戦は決まった」


 名付けて、左豊と仲良くなって占いでビビらせよう作戦だ。


 どうせ亭で良い食事とお酒を飲んでいるのだろう、そこで仲良くなろう。


 だが私はまだこの時代のお酒を飲んでいないので耐性がないかもしれない、ここはお酒にも強くて、今、戦場にも出ていなくて弁が立つ男を連れてこよう……そんな都合の良い人物がいるかは――


「――簡雍かんようがいる」


 私は早速、行動した。

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