第一三一話 コミュ強な簡雍

 盧植ろしょく軍と張角軍が戦っている遙か後方にて。


簡雍かんようちょっといいですか?」


 私は攻城兵器である雲梯うんてい(梯子付きの台車)を組み立てている簡雍に話しかけた。


「おっすおっす」


 簡雍は肩に担いでいた角材を地面に置く。


「ちょっと手伝って欲しいことがあるのですが……忙しそうですね」


「なにやら困ってるみたいだな」


 そう言って簡雍は角材を再び持ち上げると、


「ほいよ!」


 右肩に角材を担いでいた兵士の左肩に持っていた角材を置いた。


「え、え⁉ ちょっと!」


 兵士は踏ん張って両肩にある角材を抱えるように持っていた。


「たった今、暇になった」


「えぇ……」


 戸惑いを隠せなかった。


 とりあえず簡雍には左豊さほうという朝廷からの使者が盧植を陥れるかもしれないことを伝えた。


「でもそれって、讒言ざんげんするかもしれないって話だろ?」


「確実にします。間違いないです。天と地がひっくり返っても彼は先生を陥れます」


「お……おう。お前さんがそこまで言うのなら間違いないんだろうな」


 今度は簡雍が戸惑っていた。


 とりあえず左豊と仲良くなって占いでビビらせてその後、色々と演技をしてもらうことで恐怖を煽って讒言する気概を失わせようという作戦を言ってみた。


「占い師役は?」


「今から見つけます」


 簡雍の問いに答えつつ後方支援している兵の中で顔見知りの人物を探す。


 私と簡雍は台車で兵糧が入った樽を引いている夏舎かしゃを視界に入れる。


「ふぅ……」


 夏舎は額の汗を腕で拭っていた。


「「丁度いいのがいる」」


「えっ? 田豫に……簡雍さん……? なんですかこちらを見てきて」


 私達の声に夏舎はオドオドしていた。


 彼にも左豊のことについて話すと夏舎は「分かったよ。僕にできることなら引き受けるよ」と快く引き受けてくれた。


 とりあえず今日の晩、私は簡雍と一緒に約一〇里(四キロ)南にある亭へと向かった。


 亭を管理している役人――亭長ていちょうに左豊がいる場所を尋ねると座敷部屋で今から酒盛りを始めているらしいとのこと。


 私達は座敷部屋の前に立つ。


「ここですね。それにしてもそんな貴重な物使ってもいいんですか?」


「死んだ黄巾賊が持ってたもんだし、俺は別に必要ないし。それに最終的には相手から取り返すつもりなんだろ?」


 簡雍は右手に持った麻袋を掲げて見せる。


 中には胡椒こしょうが入っており、この上なく貴重な香辛料だ。香りが良いだけではなく食糧の長期保存に役立つという点もある。


 中国において、胡椒の記録は歴史書である『後漢ごかん書』にまで遡ることができる。天竺てんじく(インド)に胡椒があると記されており漢代には胡椒を認知していることが分かる。おそらくこれを持っていた賊は行商人から奪ったか豪族の家に盗みに入って手に入れたのだろう。いずれにしても真っ当な手段では手に入れてない。


「……とりあえず、ちょっと私にくれませんか?」


「お前さんのことだから言うと思った」


 簡雍は呆れ果てていた。


 私は懐に忍ばせている巾着袋に少しだけ胡椒を入れたあと座敷部屋に入る。


 部屋の中には四台の卓を二つずつ向かい合わせて食事を始めている人達がいた。もちろん、全員、朝廷勤めの役人で中には左豊もいた。


 四人は目を吊り上げてこちらを見ていた。


「左豊殿! 先程ぶりです」


「ん…お前は確か……盧植と一緒にいた子供かっ」


 左豊は思案顔を見せたあとにハッとした。


「私の名は田豫でんよ――」


 私は名乗った後にあえて一呼吸し、髪を耳にかけ、


「『黄巾殺し』と呼ばれる者です」


 ドヤ顔を見せた。


「おお、お前がそうなのか!」


「噂には聞いていたが本当に少年とはな!」


「しかし立ち振る舞いといい、強者特有の雰囲気を漂わせているのは間違いない」


 強者特有の雰囲気ってなんだ。でも悪くない気分だ。


 当初は『黄巾殺し』という異名が物騒で嫌だったが、目上の人と交流するにあたって使える。


(なにかっこつけてんだ)


 簡雍は小声を出しながら肘で小突いてきた。


(静かにして下さい)


 私は人差し指を立てて、彼をたしなめた。


 その後、簡雍は意気揚々と前に出る。


「どうもどうも、俺、一兵卒の簡雍といいます。一兵卒なのになんでこんなところにいると思われるかもしれませんが、この度は中郎将にぞんざいに扱われた話を『黄巾殺し』殿から聞き左豊殿を不憫に思ったので、貴重な香辛料を手土産としてもってきました」


「なに! 香辛料とな」


 左豊は簡雍の言葉で立ち上がった。


「これですよこれ!」


「これはもしや胡椒!?」


 左豊の反応に他の役人達も盛り上がった。


「盧中郎将の愚痴を聞きますから俺達と仲良くなりませんか?」


「ははは! 面白い連中よ。ここは一晩飲み明かそうではないか!」


 左豊はびっくりするぐらい高揚していた。


 さすが簡雍だ。連れて来て正解だった。


 こうして私達は左豊らと共に食事を始めるのだった。

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