第一三話 またマイナー武将と出会ってしまうけど凄い奴だった
山林の中。私と横に居る
熊に出会ったら、目を合わさず、いきなり逃げない事。そして慎重に後退するのが大事だってテレビで専門家っぽい人が言ってた。
取り敢えず、周琳にもこの事を教えよう。
「周琳殿、落ち着いて聞いてください。熊と目を合わさず、背中をいきなり向けて逃げないでくだ――」
「逃げるぞおおおおおおおおおおおお!」
「ちょっ!」
こいつ やりやがった! なんと周琳は私の腕を掴み、半ば強引に背中を向けて駆け出した。ほんと何考えてんだ。大体、私達と熊の間には先程射た猪が倒れている。余計な事をしなければ猪に注目していたかもしれないのに!
『グオオオオォ!』
熊は声をあげ、四足歩行で駆け出す。もちろん向かう先は私達だ。
――だめだ追いつかれる!
「逃げきれません!」
「ではどうする!」
「戦いましょう!」
周琳は立ち止まり剣を引き抜こうとし、私は弓を構えようとするが。熊は直ぐ目の前に! さすがに速い!
万事休すか――
死を覚悟してしまい、思わず目を瞑るが、
『グォォ……』
熊は弱弱しい声を上げる。そして、ドスッっと地面に鉛の塊を落とした様な音がした。
目を見開くと熊は横たわり、側頭部には槍が深々と刺さっていた。
「えっ」
「これは……さすが参謀殿!」
「いや、違うから」
適当に褒めてきた周琳を軽くあしらった。その後、直ぐに木々の間から誰かが近づいて来る。
「いやぁ~、あんさんら危なかったな」
と言って私より少し年上であろう男の子が現れた。陽気で堂々としていた。というか、この子が槍を突き刺したのか⁉ この熊に? さすが戦乱の時代。まだ戦乱にはなってないけど、常識の枠に当てはまらない力を持つ人間が出てくるもんなんだな。
「親分ありがとう! 命の恩人だ!」
周琳は膝を突いて男の子に縋りついた。初対面の人に何やってんだこいつ。
「はは、親分って……大袈裟だなー」
親分と呼ばれた子は少し照れていたのか頭を掻いていた。とにかく助かった。
それと護衛に周琳はもう無い……かな。
私は構えかけた弓を直して、男の子に近づいて向き合う。
「ありがとうございます。なんてお礼をすれば」
「そうだな……お礼としてこの熊、おいらが頂戴していいか?」
「それは君の力で倒した熊だから私達に了承を得る必要はないかと」
「なに言ってんだ。あんさんらが注意を引き付けてくれたおかげだ」
「なににしろ、熊は差し上げますよ」
「やりぃ!」
とても嬉しそうだ。子供だけど、護衛に付けてもらうならこの子がいい。絶対強い。
「そういや、あんさんらの名前は」
私が名前を言う前に、周琳が立ち上がって口を開く。
「俺は周琳!
一応、私の紹介もしてくれた。というか周琳の字知らなかったな伯昭と言うんだな。
ちなみに、字に伯という文字を含ませるのは良くある事だ。長男または長女の一文字目に『伯』が良く使われているのだ。更に、下に四人の兄弟又は姉妹がいるのなら名前の一文字目に『仲』、『叔』、『李』、『幼』の順で四人に
「おいらの名は
「!」
私は陽気な子が名乗った姓名に聞き覚えがあって目を見開く。
「どうしたんだ?」
「あ、いえ知らない人だなと思って」
私は少し焦って適当な事を口走ってしまった。
「はは、そりゃそうだろ! おいら達は今日会ったばかりだからな!」
「ははは……」
とりあえず愛想笑いで返す。
閻柔もこの時代に名を残した人物だったので私は少し戸惑ったのだ。彼は
彼は若いころ異民族に捕らわれるが人を惹き寄せる天性の魅力で異民族と親密になり異民族の指導者となって独立勢力を築いていた。そして、後に
ほんと、どんだけ魅力あったんだよ。私と性格変わってくれ。そして誰か私を重んじて位の高い官職をくれ。
「よっし、覚えた! 田豫と周琳のおっちゃんだな!」
「お……おっちゃん……」
閻柔におっちゃん呼ばわりされた周琳は気が滅入った様だ。彼はまだ二一歳なんだけどな。そういえば前世で小学生だった時は、二〇歳が中年男性位に見えてたな。子供の感覚からするとおっちゃんなのかもな。
そういえば今の閻柔って何歳なんだろ。
「閻柔、歳はいくつですか」
「おいらは九歳だ」
「じゃあ私より二つ上ですね」
「年齢なんか気にすんな! 子供同士仲良くしような」
「では、よろしくお願いします」
「よろしく!」
私は彼と握手をした。
「そういえば閻柔は何故ここに?」
「狩りをしてたら迷った」
「え⁉」
彼が生まれた広陽郡は今、私が居る
「あの、ここが何処か知っていますか?」
「それが、すっかり迷ってさ~」
「閻柔は何処から来たんですか?」
生まれた場所は知っていたが、もしかしたら住んでいる場所が近くの可能性もあるので尋ねてみた。
「
「やっぱり……」
「?」
薊県は広陽郡にある県だ。とてもじゃないが一人で帰れるとは思えない。
「ここは漁陽郡の
「田豫、冗談きついって!」
「……」
「…………ほんと?」
「はい」
彼は空を見上げて頭を抱える。
「どうしよ、帰れねえ。少々歩きすぎたかなって思ったんだよな~」
私と周琳は目を合わせて頷く。なんてことはない、少数とはいえこちらには雍奴県の正式な軍が居る。
私の考えを察した周琳は言う。
「大丈夫だ大将! 俺はこう見えて雍奴県の兵士なんだ。それに雍奴県の
「ほ、本当か! いやぁ助かる!」
「いえいえ! いいって事よ!」
とりあえず、彼の問題は解決したようだ。
私達は指定の時間まで狩りをした。その後、私は毒矢で猪二匹を捕獲したが閻柔は槍一本で猪一匹、鹿二匹を捕獲していた。彼の膂力も凄いが、槍を素早く投擲出来る肩も凄かった。
とにかく成果が出て良かった。生きたいならば自分の身を守る為に先手を打たなければならない。特にこの時代は悲惨だ。自然災害、飢饉、そして戦乱の災禍に巻き込まれて人口が激減する。一説によると、戦乱で戸口把握力が落ちるとはいえ後漢統治時代である一五〇年から一〇〇年後の三国時代には人口が一〇分の一近くに減るらしい。今回は食害被害を少しでも抑える為の狩猟だったが、私は食料を得るという理由に加えて生きる力を身に付ける為に積極的に狩猟をしばらく続けようと思った。
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