第九二話(挙兵編最終話) 動き始める時代

 両親がいる宿舎から出ると、程全ていぜんが私を待っていた。


 彼は私が義勇兵を集めると言ったら、「俺も連れてけてよ! 今こそ修行の成果を見せてやる」、と言うぐらいには乗り気で父親に早速、この町を離れることを伝えに行ってた。


 その彼が宿舎の外でげんなりとした表情で佇んでいた。


「もしかして、義勇軍に加わることを親に反対されたんですか?」


「ちげーよ、ただ……はぁ」


 溜息を吐く程全、彼は二の句を継ぐ。


「父さんに『私塾しじゅくを途中で辞めた人間が最後まで従軍できるのか? 途中でまた放り出すのか?』って言われたんだよ」


「痛いところ突かれてますね」


「ほんとな」


 程県長ていけんちょうが程全にやる気があるのかを確かめるために厳しい言葉を投げかけたのだろう。


 にしても、聞いてるだけで耳が痛くなる言葉だ。可哀想に。


「でも反対はされなかったんでしょう」


「ああ、軽く説教食らったあとに私塾を止めたあと体力作りや剣術に励んでいたことを褒められて、その調子で頑張ってこいと言われた」


「結果、良かったじゃないですか」


「まあな! 田豫でんよ、よろしくな」


「ええ」


 私達は握手を交わす。


 今は初めて出来た友人を義勇軍に迎え入れられたことを素直に喜ぼう。


 ――――数日後。


 県城けんじょうの西門から出て、近くにある川の前で私は佇んでいた。この川を下ると渤海ぼっかいという海域に出る。


 そして、その川の浅瀬で素手で魚を捕まえている呼雪こせつがいた。


「見て捕れた」


 呼雪は川から上がって手のひらを広げて見せる。手の中には小さい小魚がいた。


「ちっさ、すご……よくその大きさの魚を素手で捕らえることができますね」


 私は器用だなと感心してると、


「凄いでしょ! いただきます!」


 呼雪は小魚をそのまま口に入れようとしていた。


「いや、待て待て待て!」


 私は呼雪の腕を掴んで止める。


「なんで止めるの」


「獲れたて魚を食べたら死ぬ可能性がありますよ」


「なんで?」


 呼雪はキョトンとした顔を見せていた。よくこの子、今まで生きてこれたな。


「寄生虫といって、目に見えない虫が体内に入って体の中を食べて死にます」


 簡潔に極端な例を言った。


「やばいじゃん。いつもしてた」


 そう言って呼雪は生魚を放流していた。


 この際だから忠告しとこう。


「生で食べるにしてもちゃんと調理したものじゃないと駄目ですよ。炙るか、数日間、氷室ひむろ(氷や雪などを置いた冷温貯蔵庫)で置いたものならば寄生虫は死滅します」


「ひむろ?」


 そっか、氷室ってお金持ちの家にしかないから、異民族の彼女が知らなくてもおかしくはないか。


「あ! 兄貴とキノコが来た」


「キノコ……?」


 呼雪の視線に釣られて背後に目を向けると呼銀こぎん夏舎かしゃがいた。


 キノコって夏舎のことかよ。マッシュルームヘアだからか。


 呼雪は何を言い出すのか分からないから、お偉いさんのところに連れていけない……とりあえず、今はそれは置いといてだ、今来た二人に聞きたいことがある。


「募兵は無事、始まっていますか?」


「抜かりなく、県城内から東西南北にある集落やきょうに立て札や人を使って募集をかけているよ」


 夏舎は私に応じる。彼らには義勇兵を集めるために行動してもらってた。


「結構な数の流民が参加してくれるみたいだし、俺達かなり強くなるんじゃないかな」


 呼銀は頭の後ろで手を組んで、楽観的な態度を見せていた。


 人数が増え過ぎたら問題も発生するが、とりあえず集めるだけ集めて厳選しよう。


 考えを巡らしていると、さらに人が二人来る。


田豫でんよ!」


「ちょっとまずいことが起きたぞ!」


 程全ていぜん閻柔えんじゅうだ。


 二人は血相を変えている……程でもないが少々、焦っていた。


「まさか、賊が現れたんですか」


冀州きしゅうが黄巾賊の手によって落ちるかもしれない!」


 程全の言葉から前世で得た知識を掘り起こす。


 黄巾賊……冀州……もしかしたら。


「冀州にいる皇族達が黄巾賊に同調した民に捕らえられたってよ!」


 矢継ぎ早に程全が喋る。


「捕らえられたのは安平王あんぺいおう甘陵王かんりょうおうですね」


「お、おお……知ってたのか、さすがだな……」


 程全は動揺し、空いた口が塞がってなかった。


 安平王――劉続りゅうぞくと甘陵王――劉忠りゅうちゅうはそれぞれ冀州にある安平国あんぺいこく甘陵国かんりょうこくの領主だ。ここでいうこくは国家のことではなく郡と同じく都道府県に値すると考えてもよい。郡と違いこくは形式的には劉氏の皇族が領主となるが、実際には郡と同じく官僚が派遣されて統治している。


「それと中には民を見捨てて逃げた皇族もいるんだ」


 閻柔が新たな情報を教えてくれる。


 確か、そんな人もいたな。まずい思い出せない……自称・三国志マニアの名折れだ。


「えーっと、誰ですか」


 私は頭を拳でトントン、と叩いて、記憶を思い起こそうとする。


「確か……冀州の常山王じょうざんおう劉翬りゅうきだ」


「ああ……その方ですか」


 常山国の領主、劉翬は確か、文献によると逃げたまま帰ってこなかったんだっけ……。


「王様達終わってんじゃん」


 呼雪は歯に衣着せぬ物言いだった。


「まぁまぁ……一応、皇族ですから」

 

 私は顔を引きらせながらでやんわりとたしなめた。


 呼雪の言葉に皆もなんとも言えない顔をしていた。実際、民を見捨てたり、民に捕まっているため、呼雪の言うことに暗に同調していた。


 にしても、差し迫った事態になってきた。


 黄巾賊の狙いは洛陽らくようだ。黄巾賊の主力が集っている潁川郡えいせんぐんから洛陽に向かって北上しているはずだ。


 だが、冀州にいる黄巾賊の動きが読めない。洛陽に向かうのだろうか……それとも何か別の動きをするのだろうか。ただでさえ冀州は黄巾賊の本拠地――太平道たいへいどうの教祖である張角ちょうかくがいる。厄介極まりない。


「おい、どうすんだ田豫」


 程全は焦ったような声を出す。


「どうするも何も冀州黄巾賊の狙いが読めませんからね。後手に回るしかないです」


 黄巾賊の動きを読んで、先回りをしたとしても義勇兵のみで立ち向かえるほど甘くない。官軍との連携は必須だ。


 さて、どうしようか。


「…………ん?」


 視線を宙に漂わせると、肩越しに見えた川が気になったので川に近づく。


「流れが急に早くなってる……」


「上流の方で雨が降っているかも」


「かもしれませんね」


 私の独り言に横にいる呼雪が反応してくれた。


 荒々しくなっている川の流れは、まるで戦乱の始まりを伝えてきてるかのようだった。


 流れに身を任せて生きて、沈んでしまったら、もう二度と這い上がれない、血で血を洗う時代。


 もし、一人だったら戦うこともできず、戦う気概も失せていたのかもしれない。


 だが、今は一人じゃない。


「何はともあれ、これから忙しくなるでしょう」


 振り向き、仲間達を視界に入れる。


「この乱世、生き抜いて私達の力を見せつけましょう。きっとそれが、自分の為にも民の為にもなるはずです」


 皆、私の言葉に頷く。


 乱世に身を投じながらも抗っていこう、この仲間達と共に。


§


・あとがき

これにて挙兵編終了です。

しばし、次の編、再開までにお時間を頂きます。

書き溜めができ次第、再開するのでなんの予告も無く、唐突に再開すると思います。


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