討伐編

第九三話 当たり前だけど義勇兵の立場って弱い

 故郷で募兵してから一ケ月が経った。


 その間、私こと田豫でんよ及び劉備りゅうびが率いる義勇軍は魚陽ぎょよう郡中に蔓延る賊を討伐し続けたことで名声を高めた。


 つい先日、私達は魚陽郡、最南端の県――泉州せんしゅう県を攻めていた黄巾賊を撃退した。攻めてきた黄巾賊は冀州きしゅうから北上しており、小方しょうほう(黄巾賊の役職)である張雷公ちょうらいこうが八〇〇〇名程の兵を率いていた。


 このときのいくさは劉備のおかげで賊を撃退できた。


 すでにこの戦までに計一七回の戦闘があった。すぐに終わる戦もあれば一日かかる戦もあった。いずれにしろ短期的な戦いが重なったせいで私達は疲労していたが義勇兵を鼓舞するために、劉備は自ら兵士を率いて、敵を攻めた。


 劉備は危ない目にあえば手際よく去ることで張雷公が構えた陣地を落とし続けたのだ。そのおかげで士気が下がることなく私達は戦うことができ、張雷公を撃破した。


 八〇〇〇名の黄巾賊は敗走時には数百名しか残っていなかったが張雷公は上手く雲隠れした。


 その二日後。


 泉州県の外で陣幕を張り、その中に私はいた。ここは怪我をした義勇兵が治療される場所だ。


 治療されるほどの怪我をしたわけでないが、私は負傷した兵の手当てをしていた。


 苦楽を共にすることで兵の忠誠心を上げようというも目論見もくろみだ。


 別に、負傷した兵を心配してるとかそんなんじゃない。全然、違うし。赤の他人だから。たったの一ケ月で情が湧くわけないし。


「『黄巾殺し』! 『黄巾殺し』殿はおられるか!」


 心の中で自分に色々と言い聞かせてると、物騒な異名で私を呼ぶ声が外からした。


 どうせなら魚陽の英雄とか、いい感じの名前で呼んで欲しい。


 私は陣幕から出ると、呼んでいたのは官軍の兵であることが分かった。


「なんでしょうか?」


「ええっと良い報告と悪い報告があるのですが、どっちから聞きますか?」


 洋画でしか聞いたことない台詞を言ってきた。


「良い報告からでお願いします」


 悪い報告を後回しにした。


「ようやく張雷公の足取りを掴めました」


「やはり冀州の方に逃げたのでしょうか」


 本拠地がある方向に逃げるのは当然だ。


「それが、悪い報告なんですが、張雷公が賊を集めながら右北平ゆうほくへい郡に直進しておりまして……」


「へっ?」


 素っ頓狂な声を出してしまった。


 なんで? 敗走した後に本拠地に戻らずに兵を集めて違うところに行く理由って何?


 つまり南に逃走せず、東にある郡に逃げたということになる。


「そのことで県長けんちょう様からお呼びでして」


「……分かりました」


 そう言って私は溜息を吐く。


 泉州県を統治している県長(県を統治する行政官の名称)は少々、癖がある性格なので呼ばれるのが億劫だった。


 良く言えば即断即決、悪く言えば後先考えなしの人である。


「『黄巾殺し』殿も、やっぱりあの人、苦手で?」


 兵士がそんなことを言う。


 告げ口をされたら困るので下手なことは言えない。


「い、いや。苦手とかではないです」


「またまた~、嫌そうな顔してましたよ」


 表情から邪推じゃすいされてしまった。


「俺、『黄巾殺し』殿にこの話を持っていくとき、一番悪い報告は県長殿に呼び出されていることなのでは⁉ って思ってましたもん!」


「ははは……」


 私は愛想笑いをした。少しだけ彼の言ってることが面白いなと思ったのは内緒だ。


 にしてもよく喋るなこの人。


 それだけストレスが溜まっているのかもしれない。この社会情勢じゃ無理もない。


 私は県城内へと入り、県長がいる建物へと向かう。


 ここの県長は張雷公の部下だった数千人の黄巾賊を捕虜としていたのだが、次の日には捕虜全員の首を兵士に斬り落とさせていた。このことから苛烈であることが窺えるので本当に会うのが億劫だ。


 捕虜になった黄巾賊の中から、劉備に仕えている黄龍こうりゅうのように優秀な者をこちらに寝返らせたかったが叶わなかった。


 県長がいる役所の一室に入ると、すでに劉備がおり、卓を挟んで県長と向かい合っていた。


「あー来たな。よしてめら、張雷公を討ちに行け」


 県長が放った言葉を聞いて私は劉備と顔を見合わせた。


 私より先に劉備が口を開く。


「それは右北平郡に向かえということでしょうか」


「そうだ。五〇〇人の兵を貸すから行け。残党だろ? 兵を搔き集めたと言っても一〇〇〇人程度だろ」


 正規兵を貸してくれてるし、目上の立場の人だし、感謝すべきなのかもしれないが。


 五〇〇人の兵か……微妙にケチったな、と思ってしまった。


 私は張雷公の行動の不審点を挙げる。


「県長殿、差し出がましいかもしれませんが、張雷公は冀州に戻ることなく幽州に留まり続けています。何か算段がある可能性が高いと思うのですが」


「はは、無い無い。良く考えろ、右北平郡に行くには必ず、この魚陽郡を通らなきゃいけないんだ。黄巾賊の大軍が右北平郡に向かった話は反乱が起きてから今のところない……それにだ! この好機を逃すわけにはいかない! 頼むからさっさと討ちに行ってくれ」


「「…………承知しました」」


 劉備と同じ言葉を発し、私達は退室した。


「どうするんだ?」


「どうするもなにも官軍の命令に逆らえないので一旦は行動するしかないかと」


 私は肩をすくめて劉備に言葉を返す。


 とりあえず、早急に話し合って義勇兵を動かそう。


§


・あとがき

また、更新再開します。

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