第九一話 実家ロス?
無事、
そのあと、県城の外にある官軍用の幕舎を借り、三〇〇人の兵を駐在させた。
やはり、黄巾の乱は全国に波及し始めており、それに伴って流民が急激に増加していた。何より
今はなんとかなっているらしいが、人口が増えたことで食糧が足りなくなれば、民の不満が募り、県城を占拠するために反乱を起こすかもしれない。
私は両親に会うために顔仁の後を追って歩く。
「ここも酷い有様ですね」
魚陽県と同じく雍奴県も県城周辺が荒れ果てていた。
「城壁の前まで賊が来てたからな。黄巾賊じゃなくてよかったとは思っている、あいつらは統制が取れているうえに一万近くの兵で攻めてくる……場合によってはもっと多くの兵で……いや、直接戦ったおめえに言うことでもないな」
「統制は取れていますが、ほとんどは農民や流民です。相手の指揮官によりますが策に
「ふむ。参考にしよう」
会話をしながら私は見覚えのある場所に着く。
「ここは……家の近く……」
私は荒れ果てた畑を視界に入れる。実家近くの畑だ。踏み荒らされて、稲が刈り取られたあとがあった。
「まさか!」
私は顔仁を置いて、実家に向かって駆けだす。
実家は…………二棟造りで二階建てのままだった。実家が無事かどうかより両親が心配だったが、もし亡くなっているのなら出会い頭に顔仁が亡くなったことを言うに決まっているか。
「でも前見たときより、かなり痛んでる……」
家の壁は斬られたり、潰されたりした箇所があった。何より、大量の矢があらゆる箇所に刺さっていた。
「まあ、その言いにくいことなんだが」
背後から近づいて来る顔仁の方を向くと、何とも言えない顔をしていた。
「……父上と母上の身に何かあったんですか?」
「いや、無事だ。県城内にいる、程県長が
なら良かった。
「便宜を図っていただきありがとうございます」
「ああ……で、言いにくいことなんだが。おめえの家目立つだろ」
「まぁ……農民の家には見えませんからね」
「賊が面白いぐらいにこの家に目掛けてやってくるからな……賊が来るたびに家が自然と囮になっちまったんだ。だから、家の中にある金目のものは取られたり、壊されたりはしてる……すまない」
顔仁は表情こそは変えないが、声色から申し訳なさが伝わってきた。
「そういうことですか。賊を追い払うのに役立ったのなら何よりです」
「そう言ってもらえると助かる」
――場面は変わり、県城内にある役人専用の宿舎の一室にて。
「もうこれしかないのじゃ」
「これだけは手放せないわねぇ……」
父上は金の皿、母上は銀の装飾品を抱きかかえて、
お金に憑りつかれた人間の末路である。お金は大事だが、それを守る力が無ければ略奪されるだけだ。特にこの時代においては。
「無くなったものはしょうがないですよ」
私が案外、余裕なのは魚陽郡中の豪族の後ろ盾があるからだ。後ろ盾もなく、両親のような状態になってしまえば同じことをするかもしれない。
「でも田豫や、官軍は賊を捕らえたというのに賊が持っていったかもしれない財宝が返ってこないのよ」
母上はめそめそと泣きながら私に不満を訴えてくる。
「生き残って、逃げた賊が持って行ったりしたかもしれませんよ。それに賊の所有物を仕分けするのに時間がかかっているだけとか」
私は言葉を選んで母上に応じる。
「命があって何よりですよ。実は目立つ家になったので襲われるかもしれないと思ってたんですよ」
「ではなぜ忠告してくれんのじゃ……」
父上は私に言葉を返す。
「県城の間近にある家なので命の危険を感じたら逃げると思い、何も言いませんでした」
それに家の裏には官軍が管理と警備している食糧庫があったから、県城内を除けば、雍奴県の中では最も安全な家の一つだ。何かあれば避難を促されるだろう、私の親となれば尚更だ。
「そんな殺生な……お金が無くなってしもうたんじゃぞ……」
父上は力なく呟いたあと、
「だが元はと言えば、田豫が稼いできたお金なのでなんとも言えぬのじゃ」
筋を通そうとしてきた父上だった。
私は両親に乱が治まるまで県城の外に出ないように忠告し、もし雍奴県が賊の手によって落ちることがあれば魚陽県に向かうことを伝えた。
あの顔仁の申し訳なさそうな態度、私じゃなくて両親に向けられたものだったのかもしれない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます