第九〇話 故郷までの帰路

 私は 狐奴こど県で一泊過ごしたあと、予定通り劉備りゅうびの下を離れた。


 引き続き、私に従う三〇〇人の兵と共に狐奴県から南下し、故郷の雍奴ようど県へと向かう。


 その道中にて。


 私は乗っている馬の歩を遅らせ、後方にいる兵達の中へと入ろうとすると、兵達は私が通る道を開けるため横に移動してくれる。


 一四歳の私が義勇兵を率いるのは、異例中の異例だ。だが、集落を襲っていた賊を幾度か討伐したこともあり、皆、指揮官として認めてくれている気がする。また、『黄巾殺し』の田豫でんよと呼ばれているせいで尊敬や畏怖の念を抱かれているのかもしれない。


 三〇〇人の中には呼銀こぎん呼雪こせつ夏舎かしゃがおり、


「よう田豫でんよ!」


 さらに閻柔えんじゅうもおり、私は歩いている彼の横へと移動してた

 

「なぜ劉殿りゅうどののところへ行かなかったんですか? 弟もいるでしょうに」


 閻柔はてっきり弟の閻志えんしと共に劉備に従軍するかと思ったのだが、私に付いて来てくれていた。


「弟と久々に会えたことは嬉しいけど、劉備りゅうびって人とはあんま関わりないしな~。この戦いで生き残ったら劉備って人の下にいるより田豫のところにいた方が旨みがありそうなんだな」


「意外と打算的な理由ですね」


 てっきり、私との友情に免じて付いて来てくれるのかと思った。


 閻柔が私に対して友情を感じているかはさておき。抽象的な理由より俗っぽい理由で付いて来てくれる方が、正直、信頼できる。


程全ていぜん田疇でんちゅうは呼ばないのか?」


「程全は喜んで付いて来てくれそうですが、彼の親は官職に就いてますからね。親が許さないかもしれません」


 程全の父親は気さくな人だから、義勇兵に従軍をすることを許すどこか、兵を貸し出してくれそうではあるが。


 ここでネックになるのが私達の年齢だ。今率いている三〇〇人の中には三〇代、四〇代の人もいるが、ほとんどが一〇代前半から二〇代前半だ。そんな集団に兵を貸し出すのは考えにくい。せめて指揮官である私が一回り歳を取っていればありえたかもしれない。


「なんだ……」


 がっかりそうな閻柔。


「程全も付き合い悪いな」


「程全は何も悪くないけどね」


 私は言葉を返し、話の続きをする。


「田疇には一応、手紙を出して義勇兵には誘いますよ。私塾しじゅくに通っている間も彼と文通してましたし」


「田疇とは定期的に会っていたのか?」


「会ってたというか涿たく郡の武芸大会で田疇と再会したので、そこから手紙でのやり取りを始めました。手紙といっても主に剣術について議論しているだけですが」


「へぇ、大会で戦ったのか?」


 閻柔の質問に答えるために、私は数年前の記憶を呼び起こす。確かあのときは……。


「大会前には修行相手として手合わせをしました。大会当日は私に『決勝戦で会おう』と言ったんですけど、戦うことはありませんでした」


「ははは、田豫と当たる前に負けたんだなあいつ!」


 閻柔は手を叩いて笑う。


「ええ、見事に負けてましたよ。彼の一回戦の相手が張飛でしたので」


「ああ……」


 閻柔は遠い目をして、離れた地にいる田疇に同情していた。


 ――――数日後、雍奴県の県城けんじょう近くにて。


 私達は県城が見える位置で足を止めた。


「あれ、やばそうなんじゃないの?」


 呼銀は人差し指と親指で丸を作り、その丸の中から県城を注視する。


 城郭の上だけではなく、県城の周りを多くの兵が巡回していた。


「あれは官軍の兵なので大丈夫ですよ。それに雍奴県の官軍をまとめているのは私の弓の師匠でもあるので」


「へぇ! つうことは弓の名手に違いない」


 何か理由があって大勢の兵が巡回しているはずだ。それを知りたい。そんなことを考えていると、様子を見に行かせた夏舎と数人の兵がこちらに戻って来る。


 夏舎は手を小さく上げて、私に近づく。


「どうでした?」


「官軍の兵士に聞いてみたら、今のところ黄巾賊には攻められていないって」


「ということは黄巾賊に警戒しているだけですか」


「その通り」


 夏舎は私の推測を肯定する。


 良かった。にしても逃げ出したり裏切る官軍が多い中で、警戒体制を取るとはさすが顔仁がんじんだ。


 ん……待てよ。


「黄巾賊には攻められていないってことは――」


「有象無象に発生する賊に手を焼いていたらしいよ。難無く撃退はしたあとだから大丈夫だって」


「やっぱりここにも黄巾賊に便乗した暴徒が発生してるんですね」


 県から県へと移動する度に戦いが発生しそうだ。黄巾の乱を生き延びるには一〇、二〇回の戦闘じゃ済まないみたいだ。


 気が重くなった私は、とりあえず県城へと向かったのだった。

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