第八九話 賊が蔓延しすぎて終わってる

 すでに私は杏家あんけ高家こうけの人達にいとまを告げて魚陽ぎょよう県から出立していた。


 肌寒い空の下、劉備率いる義勇兵と共に私に付き従ってくれる三〇〇人の手勢を連れて移動する。劉備と私の兵を合わせて義勇兵は計一五〇〇人にまで増えていた。


 私の目的は故郷の雍奴ようど県で募兵をすることだが、その前に途中にある狐奴こど県へと向かう。


 劉備ら義勇兵はしばらく狐奴で駐留しつつ、周囲に賊が現れば討伐しにくことになっている。また、狐奴県は魚陽県と近いので、敵の大軍が現れた際に魚陽郡の太守と連携を取ることもできる。


 義勇兵といえば聞こえはいいが悪く言うと戦闘能力があるニート集団だ。平民からすれば恐怖でしかないが、賊を討伐し続ければ良い心象を与え、官軍の下で行動すれば兵糧の補給もでき、ニート集団ではないという体裁ができる。


 ――――狐奴県へ向かう道中。


「突撃します!」


 私は発破をかけて、呼銀こぎん呼雪こせつ南匈奴みなみきょうど族と共に騎馬突撃をしていた。


 賊が道中にある集落を襲っていたので集落を救うために戦っているというわけだ。なお、すでにここに至るまでに二つの集落を救っている。


 黄巾の乱が起きたことで、反乱が波及していた。流民、平民、官軍が賊と化す……本当に恐ろしい時代だ


 賊の数は数百人、相手が奇策さえ用いなければ数の暴力で圧倒できるが油断してはいけない。


 そろそろ、敵味方入り乱れている戦場が眼前へと迫ってくる。


「ふんっ!」


 すでに賊と交戦している関羽かんうが鼻を鳴らしながら、持っている大刀を横払う。


「「「ぐあっ!」」」


 関羽を囲もうとしていた四人の賊は体を横一文字に裂かれ、後方に体二つ分吹っ飛んでいた。


 さらに近くには趙雲ちょううんがおり、


「………………」


 無言で両手に持った槍を振り上げて目の前の賊を斬り倒す。次いで、石突いしづき(柄の先端)を右手に手繰り寄せ、その場で一回転しながら槍を振り回すと、趙雲に近づこうとした賊が斬られ、血飛沫を上げて倒れた。


 槍の端っこを持って自由自在に振り回せる膂力に目を見張ってしまった。


 ちなみに趙雲とはまだ会話をしていない。見た目は一言で言えば眉目秀麗。そのうえ、身長は約六尺(180センチ)近い。少し長い後ろ髪を折りたたみ、後頭部で結んでいた。


 そうこうしているうちに私達は関羽、趙雲の右側にいる賊達に突っ込む。


 抜刀し私は馬上から地上にいる賊に対して、直刀をやっためたらに上下に振る。


「な、なんだ⁉ ぐあっ――」


「ぐひっ⁉」


 賊を一人、二人と斬り倒す。


 呼銀は途中で馬上から降りながら、敵に曲刀で斬りかかると、呼応した他の南匈奴族達が、


「「キェェェェェェェェ‼」」


 奇声を上げて敵に斬りかかっていた。


 怖すぎる。味方で良かった。


 一方、私の背後にいる呼雪らは弓矢を番えて、次々に賊を射る。


 そして、私達は敵の右側を突破する。


「今です!」


「うん!」


 私が合図すると呼雪が応じ、騎兵達は敵を右側から包囲する。


「駄目だ!」


「退避! 退避!」


 半包囲された賊は空いている左方向へと背を向けて逃げるが、


「うあああああああ!」


 敵は悲鳴を上げていた。それもそのはず、賊が退避した先には劉備や張飛が待ち構えていたからだ。


 しばらくして、戦いの喧噪が途絶え、張飛が単騎で私達の方へと来る。


 張飛は賊の頭領が投降したことを知らせてくれた。


「ふぅ、終わった」


 私は安堵し愛馬『白来はくらい』から降りた。


「歯応えがない敵だったな!」


 張飛はニヒルな笑みを浮かべる。


「そんなもんなくていいですよ」


 肩をすくめていると、劉備りゅうび黄龍こうりゅうがやって来た。


「田豫、いつものことながら作戦の立案をしてくれて助かる」


 劉備は私に労いの言葉をかけてくれる。


「策を講じるほどの相手ではないですが、犠牲は少ない方がいいですからね」


 今日一日で三度戦い、その全てに私は策を献じた。今回は敵を半包囲することで、包囲されてない側に敵を退却させて、待ち構えている劉備達に討ち取ってもらったわけだ。


 正面から倒せる敵ではあるが、犠牲を少なくしたいのと、私が速攻で思いついた策がどこまで通じるかを試したかった。これも兵法の研究の一つである。


「おい黄龍! もうこの辺に黄巾賊とやらはいないはずじゃないのかよ!」


 張飛が黄龍に掴みかかる。


「さっきも言った通り、今日、戦ってきたのは太平道に便乗して暴徒と化した連中だ」


 黄龍は冷静に言葉を返す。元黄巾賊である黄龍曰く、魚陽県一帯は張白騎ちょうはくきが占領する予定だったが、失敗に終わったので、魚陽県の近くにある狐奴県には黄巾賊がいないらしい。


「嘘だったら承知しないからな」


 張飛はそっぽを向いた。


 黄龍が元黄巾賊だから張飛の当たりが強い。


「まったく、黄巾賊だったやつは俺一人しかいないのに。そんなやつがこの義勇兵に不利益をもたらせば立場がなくなるだろ」


「………む」


 黄龍の言葉に耳を傾けていた張飛は唸って、黄龍の方を向き直す。


「まぁ、まあ、確かに! これから励んでくれよ!」


 張飛はしどろもどろに喋りながら黄龍の肩を叩き、身を翻してどっかいった。


「すまないな黄殿こうどの


 劉備が張飛に代わって謝る。


「仕方ないことだ。話を理解してくれるだけでも助かる」


 黄龍は物分かりが良く、張飛の性格も理解していた。


 その後、交戦することなく私達は狐奴県の県城けんじょうに到達し、劉備は魚陽ぎょよう郡の太守から授かった紹介状を門兵に渡すと、無事、県城内に迎え入れられた。

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