第一六七話 天下の行く末と議論

 外でのちょっとした宴会の場が閑散とすると、


「そろそろ、わしも戻るか」


 曹操そうそうが立ち上がり、この場から去ろうとしていた。


「それもそうだな、おい起きろ公覆こうふく!」


 孫堅そんけんは寝ている黄蓋こうがいの頬をビンタしていた。


 しかし、黄蓋は起きない。人ってこんなに熟睡することがあるんだと思った瞬間だった。


 そのとき、劉備も立ち上がり口を開く。


「孫堅殿、曹操殿、お聞きしたことがあります」


 意を決した劉備の表情を見た曹操と孫堅は口を噤んでいて次の言葉を待っていた。


「…………」


 一方、私は場の空気を呼んで、スッと立ち上がった。皆、立ち上がってるから気まずかった。例えるなら、会社で会議が始まるまで上長や上司が着席していないので平社員の自分は座ってはいけないという空気の様だった。今思うと謎の暗黙の了解だ。劉備らは別に上司ではないが私からすれば偉人なので彼らが立つなら私も立とうと思う。


太平道たいへいどうによる乱が終わった後、漢王朝の行く末はどうなると思いますか?」


 劉備の疑問に孫堅が「ふむ」と唸ってから口を開く。


「大規模な反乱は起きなくとも今まで以上に賊が跋扈すると思う。なんせ、漢王朝の権威はこの乱で決定的に失墜している」


「わしも虎の言う通りだと思うの。それに、漢王朝の権威が今以上に落ちれば、現皇帝を廃位させようとする連中も現れるはず」


「なるほど」


 劉備は得心したように頷く。


 実際に二人の言う通り、全国各地で賊は跋扈ばっこする。そして曹操の言う通り皇帝を変えようとする動きをする人々が現れる。本来の歴史では黄巾の乱で活躍した皇甫嵩こうほすうが実際に皇帝になるようにそそのかされている。もっとも、そのような事態に陥ったのは漢王朝が解体寸前の状態になったからである。


「何故、そのようなことを聞いたんですか?」


 私は劉備に質問の意図を聞く。


「この先の身の振り方を考えた。余達には夢があるのでな、先に起こることを予測して夢を実現させようとするのは大事だろう」


「それもそうですね」


「二人の夢ってなんだ?」


 孫堅が会話に入ってぶっきら棒に尋ねてきた。


 私は劉備と見つめ合ってから二人の方を向き、同時に口を開く。


「「強い者が弱い物を助ける仁の世の実現です」」


 そう言うと、


「フハハハハハ!」


「ふーん」


 曹操は顔を上げて哄笑し、孫堅は鼻を鳴らしていた。


「太平道の本質を分かっているのか? 一見、これは飢えに苦しんだ農民反乱に思えるが、知識人階層が扇動した反乱でもあるぞ。もはや、弱い立場である民が反乱してる時点で仁の世は実現せぬ」


「俺も曹操の意見に同意だな。世を正すには反乱している者を征圧し続けなければならない。覇王と呼ばれた項羽こううが天下に号令できる立場を得られたのは諸将と人民に恐れられたからだ」


 孫堅は曹操の言葉に同意していた。


 項羽とは紀元前二三二年から紀元前二〇二年の間に生存していた武将であり古代中国における英雄である。そして二一世紀においても中国史上、最強の武将と呼ばれている。端的に彼の実績を言えば二〇万人の兵を五万人で粉砕したり、兵を挙げてから三年で天下を統一している。


「しかし、その覇王でさえ高祖こうそである劉邦りゅうほうに滅ぼされております。平定した土地でも、項羽が滅ぼさなかったところはなく、人民の信用がなくなり、最後は追い詰められたではないですか。高祖が天下を統一できたのは降参してくるものを快く受けて入れた仁義からきているかと」


 この後漢ごかん時代から遡り、前漢ぜんかん時代の初代皇帝である劉邦はかんの建国者であるため高祖と呼ばれている。


「高祖の時代は天下が乱れて正式な君主はいなかった。だが今は漢王朝がある以上、これからも逆らう者達を安易に許すわけにはいかぬな、どんな些細な罪でもな」


 曹操の反論に劉備は口を「むっ」と口を閉じたがすぐに口を開く。


「今はそうかもしれませんがいずれ、仁の世を作ります」


「若者の絵空事だな」


 そう言って曹操は身を翻した。


「まっ、そうなったらいいなあと思うけど、どうやって実現するのかね」


 孫堅は寝ている黄蓋を肩に担いでその場を去った。


 とりあえず、劉備をフォローしよう。


「まっ、茶化されるとは思ってましたよ。正直、仁の世を作るという計画が具体的に立ってない以上、絵に描いた餅ですよ」


「ふふっ、田豫よ、余は二人の言ったことを気にしておらんぞ。困難であればあるほど仁の世が叶ったときの達成感は大きい」


「おお……」


 劉備のポジティブさに思わず唸ってしまった。


 そして、私達は張角ちょうかくとの決戦の日に向け、眠った。

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