第一六六話 夜空の下で

 綺麗な星空の下に敷かれた茣蓙ござに私と劉備りゅうびは座る。その巨大な茣蓙の上には時計回りに私、劉備、黄蓋こうがい孫堅そんけん夏侯惇かこうとん曹操そうそうが座っていた。


 全員が三脚杯を手に持つのを確認した孫堅は立ち上がり、口を開く。


「今宵はこの出会いに感謝しようかあ! 乾杯!」


「「「乾杯!」」」


 孫堅の合図で私達は杯を掲げた。


 私以外は、杯に入ったお酒を飲む。この時代の醸造技術では高い度数のお酒を造ることはできない。せいぜい、飲み会の場で出てくるのは度数が一パーセントもない濁り酒だ。


 転生してからお酒を飲んだことはないが飲酒年齢が設けられている時代ではないので飲んでも誰にも何も言われることはない。


「あっ、ちなみに田豫の杯は水だからな。お酒を飲まないと聞いたから」


「お、お気遣いありがとうございます」


 私のだけ水かい。


 孫堅の言葉に拍子抜けしつつ、私は水を口に含んだ。


 ……うん、本当に水だ。


「美味いぞ! 実に良い!」


 黄蓋は破顔しながら炙った肉を幾つも箸で取り、大きな口でパクッと食べていた。


 無言で肉を食べていた曹操は何故か私の方を見たあと、口を開く。


「火牛の計を破り、牛の肉を確保したのは田豫の案だと聞いた。お主のおかげで今宵の食事は彩られた、感謝しよう」


 曹操に褒められたぞ。


「いえ、私だけの力だけではありませんよ。皆さんの協力があってのおかげですよ。感謝されることなんてないない」


 謙遜しつつ、ニヤニヤしてしまった。


「照れ笑いが隠せておらんぞ」


 劉備に恥ずかしいことを指摘された。


「ふっ、まだ小童だな。だが、その小童が黄巾討伐において輝かしい武功を上げてる事実は賞賛に値する。元譲よ。お主が田豫と同じ歳だった頃はなにをしていた?」


「丁度その歳に、勉強を教えてくれた師を侮辱した男を殺害してたな。ついにカッとなったんだっけ」


 怖っ。その話は文献にも載ってたから知ってたけど。


「はっはっ、衝動に駆られるのが一〇代よ。俺も似たようなことをしていた」


 曹操は遠い目をしたあと、話しを続ける。


「劉備と田豫よ、お主らはこの短期間で幾つもの戦いを経て武功を重ねている、その勢いは誰も無視できん、しかも劉備の方は皇族の末裔と聞いた。この乱が終われば、高官に就ける可能性がある」


曹操そうそう殿は余を買いかぶり過ぎておる。せいぜい何処かの県の役人でしょう」


 劉備も曹操に褒められて謙遜していた。


「それはどうかな。二人共、わしと同様、皇帝の下へと仕えることになれば、そのときは仲良くしてくれぬか。あそこにいると権力闘争に巻き込まれてしまうのでな」


 そう言って、曹操はニヤリと笑う。


 恐らく、これは彼からの警告だ。暗に「俺の敵になるなよ」と言っている。私と劉備は互いに神妙な顔でチラ見し合った。劉備も同じことを感じているに違いない。


 次に孫堅が口を開く。


曹孟徳そうもうとくよ。乱が終わるなんて先の事、話されてもな、その間に死んだらどうすんだ。目の前の戦いに集中した方がいいと思うが」


「虎よ。お主はこの戦いで死ぬ未来が見えるのか?」


「馬鹿言え、見える気がしないって、愚問だ愚問」


 孫堅はかぶりを振った。


 それから皆、お酒と食事を進める。そして、ついに口にするものがなくなった後、黄蓋は大の字になって、


「グゴォォォォ……グゴォォォ」


 大きないびきを立てて寝ていた。


「ね、寝てやがる」


 夏侯惇は呆れ顔で黄蓋を見たあと、兵達の様子を見に行ってくると言って場を離れた。この場には四人残った。


「「「…………」」」


 知り合ったばかりだし話題が無くなったので皆、無言だった。


 妙に気まずい雰囲気だ。しかし横にいる劉備を見ると、何か言いたそうにしている様子だった。

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