第一六五話 英雄談義が始まろうとしている

  劉備りゅうび孫堅そんけん曹操そうそうがたまたま鉢合わせしてしまった。 そして、彼らに付き添う私、黄蓋こうがい、一つ結びの男性がいた。


 私達が互いに顔を見合わせると孫堅が最初に口を開く。


劉備りゅうび田豫でんよじゃないか、仕事捗ってるか?」


孫別部司馬そんべつぶしば、こちらは抜かりなく戦の準備が進んでいます」


 劉備がそう言ったあと、私と劉備は拱手こうしゅ(胸の前で右拳を左手で包み込む挨拶)をした。


 それから皆、曹操の方を向く。


「『江東の猛虎』、孫文台そんぶんだいに……そこにいるのは噂に聞く二人の若武者か」


 曹操は孫堅を一瞥したあと、私と劉備の方を見る。

 

 若武者呼ばわりされてしまった。このとき曹操と孫堅は三〇歳。一方、劉備は二四、私は一四歳だ。二人からすれば若武者なのかもしれない。


「わしは曹操孟徳もうとく騎都尉きといとなり、皇甫嵩こうほすう殿の麾下きかに入って部隊を率いている者だ」


「劉備玄徳と申します」


「私は田豫と言います。あざなはまだありません」


 私達は互いに拱手こうしゅで挨拶をした。


 今の曹操は史実通り、騎都尉という官職に就いているらしい。都尉というのは簡単に言えば軍を取り仕切る役職だ。そして、騎都尉というのは皇帝直属の武官であり、羽林うりん(皇帝直属の騎兵部隊)を監督する立場である。いわゆる上級武官である。


 その間に孫堅は「おっ、そうだ」と口を開いたあと、言葉を紡ぐ。


「ここであったのも何かの縁だ、そうだろ皆」


「何がいいたいのだ」


 曹操は訝し気に笑みを零す孫堅を見ていた。


「何って決まってるだろ。これだよこれ!」


 孫堅は口元で片手をグイッと動かして、何かを飲む動作をする。

 

「俺達全員、図らずとも黄巾の乱で名声を上げようとしている点では同志だろ、なら今夜は牛肉をツマミに飲みながら未来の話をしようじゃないか!」


 飲みに誘われているらしい。


「ふっ、面白い。元譲げんじょう! お前も飲み会の場に同席してくれ」


「孟徳、今夜は明日に備えて早く寝るって言ってなかったか……まっ、俺は構わないが」


 男性は曹操に応じる。その会話を聞いて私は男性の正体に気付いた。元譲と呼ばれたことと曹操と親し気な様子で分かった。


 姓は夏侯かこう、名はとん、字は元譲げんじょう。曹操の忠臣の一人である。気が強い人物ながらも目上の者を尊敬し、目下の者に気配りをするといった人格者だと聞いたことがある。


 夏侯惇は曹操から前線の指揮を度々、任されており、最終的に最高位である大将軍だいしょうぐんになっていることから、着実に任務をこなしていたことが分かる。


 また、夏侯惇は隻眼の将としられている。一九八年、下邳かひの戦い――三国志最強の武を誇ると言われている呂布の軍との戦いにおいて、左眼に矢を受けたからだ。


 今は一八四年なので彼の左眼は健在だ。もっとも今世で眼に矢を受けるかは分からないが。


「今夜は楽しみだ」


「ええ、本当に」


 私は劉備の言葉に同意する。


 三国志の英雄と同じ場所で食事ができるとは。こんなに高揚するのは久々かもしれない。


 私は程全達に牛肉を食べれることを伝えたあと、劉備と共に曹操と孫堅がいる場所へと赴く。


 満点の星空の下、城から離れた高台で敷いてある、大きな茣蓙ござの上に座っている曹操、夏侯惇、孫堅、黄蓋は三本脚の杯を持っていた。


 また、茣蓙の上には牛を使った種々の料理――炙られた牛肉、白羹はくこう(米の粉と肉を混ぜた代物)、牛の背肉焼き(ロース)等が置いてあった。


 豪勢な食事に前世では会うことが叶わなかった三国志の英雄達。楽しみでありつつも、緊張する英雄達との談義が始まろうとしていた。

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