第一六四話 三人の英雄と私

 人伝ひとづて皇甫嵩こうほすうの横にいた人物の名を聞いたところ、やはり曹操そうそうだった。私は曹操が城門を潜り抜けたあと、その容貌をしっかりと確認した。


 身長は約五・五尺(一六五センチ程度)で大柄とは言えないが、下瞼したまぶた外側が吊り上がっており、気が強そうな印象を見受けらる。黒色の外套がいとうを靡かせ、黒と白の顔料を混ぜて灰色に仕立てた兜と鎧を着ていた。また、腰にはそれぞれ赤色と青色の鞘に納まった二丁の剣を携えていた。


 姓はそう、名はそうあざな孟徳もうとく。三国時代の群雄の中で飛びぬけた存在である。政治、兵法、文学などあらゆる分野で秀でて、時の皇帝を擁して天下に命令できる立場になり、二〇〇年に行われた官渡かんとの戦いにて、旧友でもあり当時、最大の勢力を持っていた群雄である袁紹えんしょうを破り、中原(黄河中下流域の平原)の覇者となった。それから魏王ぎおうの位に就き、魏国ぎこくの基礎を築いた後に息子の曹丕そうひを後継者に指名した。


 ちなみに中原は天下を争奪するにあたって非常に重要な場所だ。何故なら、中華文明発祥の地でもあり、春秋戦国時代(紀元前七七〇年から紀元前二二一年)には周の王朝が中原に置かれたことで、「中原を制するものは天下を制する」と言われているからだ。当時と比べて今は漢民族が中原から四方に進出しており、民族の故郷の地としても重要視されている場所でもある。


 とにかく、これで張角率いる黄巾賊と戦う指揮官が揃った。


 曹操、劉備りゅうび孫堅そんけん盧植ろしょく皇甫嵩こうほすう、そして、私――田豫でんよ


 明後日には北上し、張角のいる城を攻めることになった。


 そして、一日が経ち、いよいよ決戦前日となった。


「じゅ、重労働すぎる……」


 私は思わず、ぼやいてた。


 皇甫嵩が幾つか攻城兵器を用意していたので、攻城兵器を組み立てる作業に追われていた。


 まずはお馴染みの雲梯うんてい(梯子付きの車)。


 次に衝車しょうしゃ。これは敵の城に接近して、車上に吊り下げられた丸太で城門や城壁を打ち砕くことができる攻城兵器である。


 そして、填壕車てんごうしゃ。車の上に衝立ついたて(仕切り)が付いており、衝立で敵の攻撃を防ぎつつ衝立を下ろしてごう(土を掘ったあとの窪み)を埋めることもできる。


「田豫、今から部下の者達を連れて昼食を摂りに行かぬか?」


 作業が一段落つくと劉備に声をかけられた。


「いいですけど、わざわざここに来てまで誘うなんて珍しいですね」


 いつもなら劉備は張飛や関羽と一緒に昼食を摂っている。それ以前に、自身が率いている部隊を離れて私達を誘うということは何か大事な用事でもあるのだろうか。


「ふっ、気難しい顔をしているが別に田豫に特別な用事があるわけではないぞ。この前のいくさで黄巾賊が火牛の計を用いてきたときに火を用いて牛達を自滅させたであろう」


「あっ、そうか。牛肉がたくさん食べられるんだ!」


 私は思い出したように声を出す。

 

 つい先日、黄巾賊が牛の尻尾に火を付けたことで牛達に私を襲わせる策を行使させた。こちらも火を使用し牛による突進を防いだ結果、牛達は恐慌状態になったあげく、角に付けられた刃物で互いの体を串刺しにしてしまったんだ。


 多くの牛が亡くなってしまったが、そのおかげで牛肉が食べられる。


「是非、行きましょう。遠征に出てこんな豪勢な食事を摂れる機会はありませんから」

 

 張角との決戦に備えて英気を養う良い機会だ。


「最後の晩餐にならないといいがな」


「縁起でもないこと言わないで下さいよ」


「はっはっはっ、すまんすまん」


 劉備は笑いながらバツの悪そうな顔をした。


程全ていぜん達は別の場所で作業してますから、呼びに行きましょう」


「うむ」


 私は劉備と共に移動する。辺りを見渡すと馬の手入れをしている人や直刀を磨いている人がいる。皆、戦いに備えていた。


「あれは……」

 

 ぽつりと呟く。前方から談笑している中年男性が二人近づいてきた。孫堅と黄蓋こうがいだ。


りゅう殿?」


 劉備は横に首を向けていた。彼が見ていた方向を見ると思わず目を丸くしてしまう。曹操と乱髪の髪を後頭部に結んでいる男性がいた。


 鉢合わせてしまう。三国志の立役者となった三人の英雄が!

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