第一六三話 集結しつつある官軍

 数日後。


 私こと田豫でんよ劉備りゅうびは城壁の上に立って、はるか彼方にいる軍勢を見据えていた。いよいよ、皇甫嵩こうほすう軍と集結する。


 しばらくすると、軍勢の真ん中を割って出てくる男がいた。


「おそらくあれが皇甫こうほ中郎将ちゅうろうしょうであろう」


 劉備は出てきた男を顎で差す。


「でしょうね」


 私は相槌を打って遠くにいる皇甫嵩を見つめる。頭部、腹部、肩、足に鈍色の甲冑を纏い、歴戦の戦士の出で立ちをしていた。


 彼こそが盧植ろしょく朱儁しゅしゅんと並び立つ将軍――姓は皇甫こうほ、名はすうあざな義真ぎしんだ。


 未来では後漢ごかん時代における最後の英雄と呼ばれる人物だ。


 黄巾の乱は彼の手によって治められたと言っても過言ではない。青年時代から文武に優れ、黄巾の乱では火計、奇襲等の戦術によって次々と黄巾賊を討ち取り張角の弟である張宝ちょうほう張梁ちょうりょうを討ち取っている。


 しばらく、外を見ていると横から話し声が聞こえる。孫堅そんけんの声だ。


公覆こうふく、ありゃ何人ぐらいいるんだ?」


「三万人と聞きましたぞ」


「俺らの軍と合わせたら六万人ってところか」


 孫堅は強面の坊主頭の中年と話していた。顎と鼻の下にちょび髭を生やし、札甲さつこう(鉄の札を紐で結び合わせた鎧)を身に付けている。


 彼の姓はこう、名はがいあざなはさっき孫堅が言った通り公覆だ。孫堅、そしてその息子である孫策そんさく孫権そんけんらに仕え続けた老将軍だ。今は三〇代なので老将軍とは呼べないが。二〇八年、赤壁せきへきの戦いにて火計を進言し、偽りの降伏を用いた火攻めで曹操そうそう艦船せんかん軍営ぐんえいを焼き払った功績が最も大きな功績であろう。


 さらに孫堅と黄蓋の後ろにも有名な武将がいた。利発そうな顔立ちの中年で、筒袖鎧とうしゅうがい(シャツのような鎧)を身に纏っていた。


 彼もまた孫家さんけ三代に仕えるであろう名将だ。


 姓はてい、名は、字は徳謀とくぼう。孫堅の死後は孫策の旗揚げに尽力し、江東一帯を平定する際に数多くの功績を挙げた。また、孫策の死後、起きた反乱を鎮圧し孫家の基盤を支えていた。さらに、赤壁の戦いにて黄蓋が捨て身の火計を行ったさいに程普は戦場に出ており、曹操軍を追撃し戦果も挙げた。


 このように程普はあらゆる戦場で活躍した名将だ。


「程のおっちゃん」


 孫策が程普の鎧を木剣で突いていた。


わか落ち着いてくだされ」


「手合わせしようぜ」


 孫策は程普と戦いたがっていた。


 私以外にも試合を申し込んでいるのか。戦いが好き過ぎるだろ。


「『黄巾殺し』殿と最近手合わせしていたではないか、彼に頼んではどうかな」


「それもそうだなっ」


 おい、程普。押し付けるな。


 私は怪訝な顔で程普の方を見ると彼と目が合う。すると、程普は申し訳なさそうな顔で頭を下げる。彼とはろくに喋ったことがないが悪気はないのだろう。


「劉殿、孫策とちょっと一試合してきますので場を離れ……劉殿?」


 劉備はある一点を見つめていた。私は不思議そうに彼の顔を覗き込む。


「田豫……あの男は誰だ」


 彼はある人物を見ているようだ。私はその視線の先を見る。


 皇甫嵩の隣にその男はいた――派手な格好をしているわけではないが威風堂々とした雰囲気に何故か目を惹かれてしまった。そして彼は心なしか劉備の方を見たあと、私を一瞥した気がする。


 距離があるせいで容貌を完全に視認できないが、


「――曹操孟徳そうそうもうとく


 私は自然と武帝ぶていという諡号しごう(亡くなったあとに付けられる名)を贈られた男の名前を呟いていた。

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