第一六二話 私と同じ体質の人間がいてもおかしくないか

 南下曲陽みなみかきょくようの城攻めは左校さこうの死が盧植ろしょく軍及び孫堅そんけん軍全体に伝わったことで終わりを迎えた。


 この城は廃城ではあるが、ついさっきまで黄巾賊が占拠していただけあって、寝泊まりできる程度には整備されている。兵站を管理していた部隊が城内にある蔵に兵糧を運び込んで、予定通り、この城を拠点とした。

 

 朱儁しゅしゅんが派遣した孫堅軍と共にここで皇甫嵩こうほすうの軍が来るのを待ち、張角ちょうかくとの最終決戦に挑む。


 北方にいる張角が動く様子はない。きっと黄巾賊は万全の態勢で私達を迎え撃つ。故に私達も万全の体勢で黄巾賊を攻める。


 最近は矢を制作するのにハマっている。木材を割って角材にしたあとにやすりを使って形を整えて丸くしていた。ただ、丸くするだけではなく、円錐状に木を削る必要がある。これによって空気抵抗を受けなくなる。


 次に矢羽根やばねを矢に付けなければならない、羽の位置はにかわ(動物性の接着剤)で位置決めし、羽を糸で固定する。そのあとは弦につがえることができるように矢の後頭部に切り込みを入れる。


 あとはやじり(刃の部分)職人が作った鏃を付ければお終いだ。言ってみるのは簡単だが手間暇がかかり過ぎる。だからこそ、弓矢を扱う者として矢を一本一本大事にしていこうと思った。


 私がやすりを使って矢を整えていると、誰かが近づいてくる。


田豫でんよ、勝負!」


 抜き身の直刀を構える孫策そんさくがいた。ここ最近、こんな感じで突っかかっている。


「せめて木剣にしてくださいよ。真剣で勝負だなんて殺し合いでもするつもりですか」


 私は手を止めて孫策そんさくと向き合った。


「それに目上の人を姓と名を組み合わせて呼ぶのは失礼にあたりますよ。せめてでんさんとか役職付きで田佐軍司馬でんさぐんしばと呼んだ方がいいですよ」


「分かった」


「分かったなら、良かったです」


「勝負だ! 田豫!」


「分かってねえな!」


 思わず突っ込むと孫策はアハハと笑っていた。愉快な少年だ。


 さてと、年下の頼みを無下に断るのも申し訳ないという気持ちもあるし、「田豫ってケチなやつだな」と思われるのも嫌なのでそろそろ相手をしてやるか。


 未来で『小覇王』と呼ばれる者とはいえ今は子供だ。簡単に倒せる。本気を出すまでもない。


 私は木剣を手に取って、孫策と向かい合ったわけだが、


「――――制限解除、筋力二倍!」


 私は筋肉の出力を倍にして、孫策が四方八方から振るってくる木剣と打ち合っていた。すでに孫策は手を緩めずに二〇合ほど打ち込んでいた。


 左校さこうの技を借りて、孫策にわざと木剣を弾かせて、弾かれた勢いのまま、その場で一回転した。名付けるならば回転斬りだ。


「うわっ!」


 孫策はびっくりしながら体を後方に逸らして木剣を避けた。


 一方、私は木剣を持ったまま両膝に手を突いていた。


「はぁ! はぁ! ば、化け物……本当に四歳下の子供かよ」


 息絶え絶えである。


「なぁ田豫、本気出していい?」


 孫策は木剣を空中でばってんを作るように振るいながら、そんなことを言う。


「本気? 手を抜いていたんですか?」


 私はそんなはずないと思いながら尋ねる。


「ああ! なんか本気出すと心臓が速くなるってか、いつもより力を出せる感じがするんだ」


「……心臓の鼓動が速くなって、いつもより力を出せる?」


 それって今の私と同じでは。


 孫策は深呼吸し、目を閉じたあと、カッと目を見開く。


「よし、きたぜきたぜ……行くぜ行くぜ!」


 孫策は踏み込んで、突きを繰り出そうとしていた。


 さっきよりも剣速が速い!


 間違いない!


 孫策も私と同じで筋力の出力を倍にできるんだ!


「そんな奴がいるのは想定してたが!」


 私は苦し紛れに突きを下から弾く。体全体を使うことで、彼の突きをなんとか弾くことができた。


「すげぇ!」


 孫策は悔しがる様子を見せず、私の剣捌きを感心していた。


「あ~、でももう日が暮れてるな、帰るの遅れると親父に怒られちまう!」


「孫策、明日も手合わせ願いませんでしょうか?」


「本当! いいのか!」


「ええ、四歳下の少年にこんなこと頼むのは申し訳ないですが、君と戦い続ければ私ももっと強くなれる気がするのです」


「じゃあ、明日の朝な!」


「朝!?」


 孫策を驚く私を置いてお別れも告げずに帰ってしまった。


 同じ特有の能力を持つ彼と戦い続ければ、もっとこの能力を自由自在に操れるようになるのかもしれない。

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