第一六一話 本格的に歴史が変わってきた気がする

 孫堅そんけんとの一騎打ちは茶番だった。本気で殺されるかと思ったが孫堅にその気はなかった。つまり、手を抜いた彼に圧倒されたということになる。精進せねば。


「立てるかでん! 手を貸すぞ」


 孫堅はしゃがんでいる私に手を差し伸べた。


「ありがとうございます」


 私は孫堅の手を掴んで立ち上がる。


「背丈は物足りないが体はガッチリしてるな、ちゃんと鍛えている証拠だ。うちの若い者達にも見倣わせたいぐらいだ。ははははっ!」


 気さくな人だ。斬りかかってきたときはなんて荒々しい人だとは思ってしまった。孫堅は文献通り、命知らずで軽率な行動が多いが、豪胆かつ勇猛果敢で部下の面倒見が良い一面を持っているらしい。


 私は上空を見上げる。


 左校さこうが率いていた黄巾賊とのいくさは羊の刻の初刻(一三時)に始まったが太陽の位置からして今はとりの刻(一七時から一九時の間)ぐらいだろうか。


「……ん?」


 私は抜け穴に顔を向けると、


「子供!?」


 そこには穴からひょっこりと顔を出した子供がいた。私だって大人から見れば子供の部類かもしれないが彼は私より幼い、そんな者が何故、戦場にいるんだ。


 子供は穴から飛び降りた。


 長い髪を後頭部の上の方で結っている。現代風に言えばポニーテールだろうか。おでこが見えるように髪を掻き分けており、目鼻立ちが立派で容貌が整いながらも、どこか孫堅のように荒々しい雰囲気を纏っているような気もする。


 その子供は一丁前に茶色の魚鱗甲ぎょりんこう(衣服の上に鉄の札を縫い合わせた鎧)を着ており、後ろ腰には私と同じように直刀を携えていた。


「すげぇや! 親父も! そんでもって田豫でんよも!」


「見ていたかさく、彼がお前の会いたかった田豫だ」


 策と呼ばれた男の子は燦々とした目で私を見つめていた。


 尊敬される眼差しを送ってくれるとは気分が良い。ここはかっこよく剣舞でも披露したいが。


「って、策!?」


 私は策という名で現実に戻されてしまう。


「策ってのは俺のせがれの名だ。こいつの名前は孫策」


 孫堅は孫策の肩に手を置いて、子供を紹介してきた。


 なんでここに孫策がいるんだ。そんなことは文献に書いていなかった。そもそも、孫策が黄巾の乱に参戦しているはずない、今の彼は一〇歳の子供であり、本来ならば母親と弟と共に暮らして父親と離れ離れのはずだ。


 大人になった孫策は美男子かつお洒落とお喋りを好み、人々に親しまれやすい性格ではあるが短気で切れやすいという一面があるらしい。


 孫策もいずれ父親に負けず劣らずの猛者となる男だ。加えて、軍を率いて戦う能力は孫堅を凌ぐだろう。彼は江東こうとう(長江ちょうこうの南東側の地域)一帯を一九五年から一九九年の四年で支配し、『小覇王』という異名で呼ばれることになる。


「なんでお子さんをこんなところに連れてきたんですか?」


 私は疑問を孫堅に投げかけた。


「お前の話を聞いたからだ」


 孫堅は私に向けて指を差す。


「私の?」


 首を傾げていると孫堅が話しを切り出す。


「若干、一四歳にして兵を指揮し、前線で戦う少年の名は江東の地でも聞こえてきた。そこで策が田に感化されて、若いうちから戦場に出て名声を高めたいと俺に懇願したわけだ」


「なるほど」

 

 私は得心したように頷く。そういえばさっき、孫堅が孫策は私に会いたかったと言っていた。


 私の存在が孫策を戦場に駆り立てたらしい。だからといって一〇歳の子供をこんなところに連れてくるか?


 小さな変化が歴史に大きな変化をもたらしている気がする。


 黄巾の乱勃発が一ケ月早いこと。


 盧植ろしょくが歴史通り冤罪で捕まらず将軍として戦い続けていること。


 私と劉備の名声が知る人ぞ知る程度に広まっていること。


 孫策が異常に早い段階で戦場に出てしまっていること。


 きっと、後々にさらに大きな影響が出るに違いない。

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